遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

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銀座百点(5) ケータイ投稿記事

同じ 1981年 31号。
淀川長治のコラム「私のフリータイム」より一部引用。
「私のような人間は、見逃した映画は借金と同じであって、フリータイムなどというけっこうなタイムあらば、その映画上映の映画館をさがして駆けつける。借金はらったあとはホッとする。
しかし、これでは仕事の延長とみなされるであろう。…
ほんとうのフリータイムは私は、はたして何をしているのだろう。かく申すほど貧乏性の私は水すましのごとく連日各社の試写室を駆けめぐっている。夜は夜で原稿紙のますめを埋めている。
ポカーンと穴のあいた時間こそがフリータイム…とすると風呂であろうか。家族のいないひとり者の私の風呂ほどグロテスクなものはない。二時間は楽しむ。出たり這入ったり、もぐったり、からだを湯のなかでエビのごとく曲げたり、湯のなかで目をひらいて自分のヘソを見たり。出るとグレープフルーツを二個、それからみつ豆。そして十匹の安ものの大中小の金魚を見て楽しむ。

…やっぱり、私はこのようにフリータイムでさえも、時間を無駄にせぬように計画している。私はよっぽどの貧乏性。一週間でもハワイに行くか。いや私はそれよりも、万年床でぐっすり眠っていたい、その一週間を。ああ貧乏性、貧乏性。」

銀座百点(3 ) ケータイ投稿記事

1981年の318号。
この号はなかなか読みでがある。
「銀座サロン」はゲストが尾崎一雄夫妻、ホスト役が円地文子、吉行淳之介、河野多恵子。「尾崎文学のふるさと―銀座サロン 曽我へ行く―」というグラビアが載っていて、「銀座サロン」の出張版。
その他にも、服部良一、吉田正、灰田勝彦、フランク永井の座談会、山崎清、宮永岳彦、沢渡朔の鼎談、谷崎松子の潤一郎についての記事、田山力哉の記事、奥野健男の「小説の中の銀座」の安岡章太郎「舌出し天使」評、淀川長治のコラム、多士済済で、つまらぬ文芸誌より面白い。

鼎談から紹介しよう。
「男が美人を見るとき 大転換している日本人の美人像」と題されたもの。山崎清という人は鶴見大学名誉教授との肩書きがある。一部引用。

本誌 美人という言葉で思い浮かぶのはやっぱり顔だということですが、その造作については、どんなのを美しいと思われますか。

山崎 日本人は、鼻の高いのが美しいと思っているらしくて、整形美容でも、鼻を高くしてくれという注文がずいぶんあるんですが、女の鼻というのは、平べったくてもいいんですよ。

宮永 ぼくの美人の定義というのはね、丸ければ丸いなりのよさがあるし、瓜実顔の人は長いなりにいい。とにかく、その人その人、みんないいところがあるというわけですよ。

沢渡 日本人ですと、胸のきれいな子というのはいると思うんですけど、おしりのきれいな子というのは、残念ながら少ないような気がするんですね。それは、外人のほうが絶対にいいし、黒人なんて、もっといい。日本人ですと腰のあたりが不安ですね。

本誌 カメラマンはよく、「きれいだよ」なんてモデルに言いますね。そうすると、本当にだんだんきれいになってくるものですか。
沢渡 ええ、まあ。でもぼくはね、そういうこと、わりと言えなくてダメなんですけど。やっぱりほめると、カメラの前で女の子に自信を持たせるとか、安心させるという効果はありますね。だから、嘘でもほめたほうがいい(笑い)。シャッターを押しているうちに女の子がだんだん変わってきて、きれいになるのはハッキリ分かりますね。それがおもしろい。そうできなかったときというのは、写真のできはよくないんですね。
宮永 絵でもそうですよ。その人の体調がいいとか、気分が乗っているとかによって、こっちにグッと向かってくるときと、いくら注文を出してもダメなときとありますね。
沢渡 そうですね。向かってくるときはいいんですよね。それと、相性みたいなの、ありますね。

本誌 これまでの話ですと、日本女性の点数は余り高くないようですが。
山崎 でも、悲観することはないですよね。日本人というのは、これから開発していく美しさがあるんじゃないでしょうかねえ。

沢渡 その兆しはありますね。ここ十年、二十年で、女性の変わり方というのはすごいでしょう。脚の長さにしても。

山崎 それに加えて、男が女を見る目も上等になっている。…東京オリンピックで、女に対する審美眼がガタンと大転換したんですよ。…男の目が変わって、マテリアルとして女を見ることになった。

沢渡 写真のほうでは、もうナヨナヨ美人は振り向かれなくなって、ヘルシーなモデルを求めていますね。それが新しいタイプの美人なんでしょうね。オリンピックを境にして女性を見る目が変わったというのは、ぼくもそうだと思います。

「銀座百点」より ケータイ投稿記事

「銀座サロン」、淀川長治がゲストの「映画に育てられて」の一部引用。淀川さんの発言の一部。
 わたしは五、六歳から芸者さんと喋っていましたから、なにもかもわかっていましたもの。おやじの部屋のタンスの下の引き出しを開けたら巻き物があって、それがあの絵なんですね。それを見てましたもの、絵本のかわりに。

そうすると、おやじがたまにびっくりさしてやろうと思って、それを見せるのね。わたしはびっくりしたような演技してましたもの(笑い)。「まあ、お父さん、こんないやらしいもの」なんて。

そういうふうな育ち方しましたから、はやてなのね。また、あんまり早く知ってしまったら今度おくてになって、刺激なくなってダメになりましたね、すべてが。

ヒッチコックのおもしろいのは、こわいくせにユーモアがあるのね。「ダイヤルMを廻せ!」は、夫が自分がおらんときに殺したいと思う、外から電話をかけて、電話に出たときに後ろから首締めてもらうつもりで計画してるんですね。ところが嫁さんは映画に行きたいいう。行ったら困るから、きょう、ぼくのスクラップしてくれと言うのね。そしてハサミも置いとけよと言ったの。これがいけなかったの、いよいよ殺すときになったら、そのハサミを使って嫁さんのほうが相手を殺しちゃうんだから。ああいうとこのユーモア。あの人にはそういうおもしろいとこがある。

週刊誌ネタです ケータイ投稿記事

イメージ 1

妊婦ヌード、ジョン・レノンの最後の写真などで有名なアニー・リーボヴィッツの写真。ニコール・キッドマン。

難解さについて ケータイ投稿記事

内田樹が「他社と死者」のなかで次のように書いている。
「分かりにくく書く人には二種類がある。
一つは「むずかしいことを言う」ことが知的威信の一部だと思っている人々である。
この人たちの書くものは、おのれの強記博覧を開陳するばかりで、「私は賢い」という以外には読者に向かってとくに伝えたいメッセージがあるわけではない。こういうものはさらっと読み流しておけばよろしい。
もちろんレヴィナスやラカンの難解さはそのような装飾的難解さではない。この人たちがあえて「何が言いたいのか分からないように書く」のは、彼らの側に「言いたいことがある」というよりはむしろ、読者に「何かをさせる」ためである。・・・」
難解さの殆どは前者である。
後者と思われる場合は少ない。

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