遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

小説入門「遠い蒼空」教室

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流行っている作家については言いにくいので、できるだけ話さないことにしています。
以前に長く書く手本として村上春樹の「ノルウェーの森」を挙げました。
多分に裏の意味があり、あのように書けば長々しく書けるけれども悪しき見本の意味もあるのです。
できれば村上春樹は短編を見習ってほしい、長編は真似ない方がいいと思います。
斎藤美奈子が実に適切に村上春樹の小説を RPGだと評しました。そのとおりであります。
太宰治とは半世紀くらいの年齢の違いがあることになるでしょうか、太宰が読んだら赤面するように思います。太宰の含羞の目を私はいつも感じて小説を読みます。志賀直哉という権威に歯向かった心根を思うのです。

えー、少し別の角度から話してみたいと思います。
心理の描き方、これは作品によりさまざまです。
細かな心理を細かく描く、直接には描かず会話に含ませる、多様な方法がありますが、一般的に言って、心理小説というのは昔ほど多くはなくなっているようです。
長々と心理を追うのは面白いけれど疲れます。心理より意識を描く方が多くなっているようです。
心理小説は心理を分析するのが普通ですが、意識をありのままに描いて、読むものの判断に任せる方が読む自由が生まれます。
作者があまり作品のなかで、いろいろと自説を述べるのも最近は少なくなりました。
できるだけ読者の読み方に任せる方が小説はすっきりします。
心理以外でも、描写も少なくする傾向にあるようです。
現代人は忙しいので、長々しい描写は読んでいられないからでしょう。

たいして役に立たないことを述べてきましたが、理屈はひとまずこのあたりで一休みすることに致します。
これまでのポイントは大きく言えば二つ、よい文章を書き写して文章の感覚を身につけること、それと、小説は何でもあり、何をどう書こうと構わない、ということでした。
これからは課題として例に挙げた小説を読みながら、具体的に書くことについて話しあっていきたいと思います。

何か書いたとして、それを人に見せるのは客観的評価をしてもらうために必要かもしれませんが、自分だけで楽しみにして書くことでも構わないのです。
見せた人がしっかりと読む力があるかどうかは分かりません。
もっと広く、ブログのような場所に発表した場合、文学のよく分からない人から否定的な批評がされたりする畏れは十分にあります。
人は好意的に読んでくれるとは限りませんから、的はずれな批評をされて、書くことが嫌になってしまうことも心配です。
書いたものをどのように人の目に晒すかはそうとう考えてからにした方がいいのです。
いくつか書きためておくことで、自分自身が批評眼を持てるのを待った方がいいのではないかと思います。

推理小説は別として小説は謎解きではありませんから、すんなりと分かる方がいいのです。
謎が多いと評論する場合には都合がいいですが、評論のために小説は書かれるのではありません。
例を挙げましょう。
漱石の「こころ」はさまざまな読み方がされ、謎解きのような評論も多い。これは漱石が小説の焦点を明確に書かなかったためだと考えてしまえばいいのです。
よく教科書に載った先生と K との関係は小説の中心ではなく、エピソードの一つなのですが、印象が強いのでそれが作品の中心だと思ってしまいます。
語り手の私は、Kとは直接には関係していません。先生の話のなかで知るだけです。
先生の遺書は先生の一人称の語りです。これを全面的に信用するわけにはいきません。
先生は自己正当化をしているかもしれないのです。
語り手の私も同じことです。
一人称の二つの語りは混乱を招くだけです。そういう意味で、「こころ」は明晰ではない。すっきりしない作品だということができます。


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