遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

小説入門「遠い蒼空」教室

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書かずにはいられないから書く、それが文学です。
書きたい気持ちがあるから書く、それでもいいのです。
何か書けと強制されて書いたのでは駄目です。
もっとも、お金がほしくて無理やり書いた作品が文学になることもありますから、動機はあまり関係ないのでしょう。
書いたものの評価は読んだ人がするわけですから、これは文学だ、と自分で言ってみても仕方ないのです。
小説は誰にも書けますけれど、それが文学かどうかは人が判断するわけです。

以前にコメントしたことですが、文学研究には作家論、作品論の区別があるように思われてきました。
多くの研究書が「人と作品」というものだったのです。
作家が何を言わんとするかを解明するのを目標にしていたわけです。作品はそのための手段に過ぎない。そう考えられてきました。
しかし、それなら小説という形をとる必要はない。評論でもいいわけです。
そう考えると、作品という自立したものが重要であって、作者はあまり意味がない。作者の意図は作品とは切り離されたものである、そう考えなければなりません。
言葉が足りませんが、作家至上主義は結局は人間論であり、作品は芸術論である、とみなすのがいいのではないかと思います。

作者を知ることははあまり意味がないと申しました。
以下のような想像をしてみます。
ある無名の物書きが作品ごとにペンネームを変えて作品を発表する。どの作品もそれなりの作品だと仮定します。
その場合、一作ごとに文章も変える工夫をすれば、一種の作者不明の作品が個別に発表されたことになります。それが問題があるでしょうか。
ベストセラーを作る売り方をするなら別ですが、作品本位に考えるならば、それはあり得ることだと感じます。
誰が書いているのかは結局、分からないままになるのですが。

えー、会話文のことを少し話します。
普通、会話をそのままカギカッコに入れて書き表します。
ただ、会話文ばかりだと文章がスカスカになることがあります。
描写の文章とうまくバランスをとることも必要です。
カギカッコを使わない方法もあります。間接話法により、会話を地の文のなかに入れてしまう方法です。
ややこしくなる場合がありますから、難しいかもしれません。直接話法の方が読みやすいことは間違いないです。
あまり気のきいた会話を書こうとすると失敗します。必要なことを簡潔に書くのが会話文でも大切です。

えー、ことさらジャンル分けする必要はないのですが、小説には長いもの、短いものがあります。
長編、短編、と大雑把に分ければいいのですが、書く場合には明らかに違いがあり、書く態度にも関係してきます。
200から300頁のものを長編ということがありますが、ロシア文学だと中編という分け方があります。同じ 300頁でも、長編、中編の差はある。
長編というのは一部始終を詳しく書く、それが普通であります。
短編はまぁ、一部を切り取るという感じでしょうか。あまりくだくだしくは書かないわけです。
これは書いてみれば、自分がどちらに向いているのかはっきりしてきます。
長いから難しいわけではなく、短くてもなかなか難しいものだと分かるのです。


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