遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

小説入門「遠い蒼空」教室

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えー、作家の資質について少し話してみたいと思います。
誰でも小説は書けますが、作家としてプロで生きてゆくには、まず一番大切なのは記憶力ではないかと考えます。
私は自分がなぜ小説が書けないのか長年不思議に思っておりましたが、何かで読んだのですが、記憶力がないと作家にはなれないと分かり、納得いたしました。
子どもの頃の記憶がない、それは書く上で差し障りになります。
それと、観察力も大切かと思います。私はぼーっとした子どもでしたから、観察力もありません。資質がないわけであります。
これは程度の問題で、普通に記憶があり、観察力があるならば問題はありません。

えー、また繰り返しになっているように思いますが、小説の書き出しと結末について話します。
書き出しが決まればすらすら書けることはある程度書き慣れれば分かります。書き出しが決まる、ということは書こうとする小説のイメージが既にある程度決まっているということです。何も決まっていなくて原稿用紙に、或いはパソコンに向かう、そういう場合もあるでしょう。
井伏鱒ニが書けない時はどうしたらいいか、という開高健の質問に答えて、そういう場合は、いろはにほへと、と書いたりするしかない、と言っていました。
何でもいいから書き始める、そして何かが出てくるのを待つ。それしかないとプロが言っているのです。
書き出しにあまり余分な力を入れないということも一つのテクニックです。力まないということです。
結末は書き出しよりも難しい、それは書き出しは読む人に読む気を起こさせればいいだけですが、結末はそれまで読んできた全体に関わるからです。
細かなことは実際の作品を読みながら考えていきましょう。

小説は何でもありだと申しました。或いは別のところで言ったのかもしれませんが。
太宰治の「葉」をご覧下さい。最初の短編集「晩年」の冒頭の作品です。
これが小説か、と思う人もいるだろうと思いますが、立派に小説であります。断片の集積が小説になる。これが小説の特質の一つです。
型は必要ない、思うとおり書いて、小説として発表すれば小説なのです。
小説はかくも自由なものです。
課題図書として挙げております吉行淳之介の「大きい荷物」を読まれれば、またまたこれが小説か、と思われるでしょう。
そういう意味でも、ぜひ一読して下さるのを薦めます。

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えー、少し吉行淳之介について話したいと思います。
あまり詳しく話すのは予断をされますから避けます。影響、というポイントに絞って話したいと思います。
太宰もそうですが、吉行も女性関係についてスキャンダルめいたことがいくつかあり、それがイメージを悪くしている気がします。愛人がいたり、まぁ、よくモテたためにさまざまな風評がある。それに加え、吉行は性をめぐって人間を捉える、つまり男女関係の小説、それもエロい小説を書いた、という誤解がついて回っている。これもイメージを悪くしています。
そういうことは作品を読む上で、先入観となりますから、あまり気にしないで下さい。
吉行という人間はなかなか興味深いのですが、そのことには触れません。興味がおありなら、そういう本はいくつかあります。
ここでは吉行が影響を受けた作家は誰か、について話すことにします。
吉行自身、書いたり、対談で話したりしているのは、まず梶井基次郎。これははっきりと、その文章や発想に影響されたと言っています。水のような透明な文章が書きたい、それは梶井が念頭にあって言っているように思えます。
他には、川端康成にも影響を受けた様子がある。これは川端が女を描く作家だとみなされているところから、吉行も女を描きましたから相違点はありますが、ある程度読んだことは確かでしょう。他には永井荷風あたりも影響されているかもしれない。
太宰からの影響は意外にあまり触れられていません。
しかし、時期的にみて太宰はよく読んでいる節がある。うろ覚えですが、安岡章太郎が太宰の全集を買うのをためらっていたら、吉行が買っていたので、買うことにした、というようなことを何かで読みました。太宰を読んでいる、というのはなんとなく羞恥心がある、そのことに関連しての話だったと記憶しています。
吉行はあからさまに太宰の影響を受けたとは言っていませんが、相当読んでいることは明らかです。太宰の短編の技法は吉行に伝わっていることは間違いない。
しかし、太宰の模倣になることは慎重に避けていますから、作品には直接は影響関係は表れていない。そういうことなども吉行研究ではあまり触れられることはありません。まだ吉行の作品については研究が遅れているように感じます。
吉行はそう言わないのですが、かなりいろいろ読んでいる。まだまだ影響を受けた作家はあると思います。

えー、いくつめのポイントになるのか、もうあちこち寄り道していますから、分からなくなっています。
今回は推敲についてです。
これはもう既に小説などの文章を書かれていらっしゃる方を相手にお話しているのですが、考えてみれば、みなさんブログで文章を書かれていらっしゃるわけですから、今さらという感じになります。
文章というのはできるだけ無駄がなく、読む人に伝わることが大切です。長々と書けばよく理解してもらえるかというとそうではない。読むという作業はけっこう面倒なので、読んでもらえるかどうかは文章の締まり具合、何かエロい話をしているようですが誤解のないように。
そのために必要なのが推敲であります。
まず、構想を練る練らないはいずれでもいいのですが、文章を書いていって下さい。
一応、完成したら、その文章を読み返し、少し客観的に読んでみる。そうすると、まず、これは不要ではないかという部分が見つかります。それは短くするなり、切ってしまうなりしましょう。
文章とは省くことと分かるにはかなりの訓練が必要ですし、人の性格として、何もかも言わないと気がすまないという人もいます。切れない場合は無理に切らなくてもいいのです。
さて、推敲をして清書するときに、最後の見直しができると理想的です。一日おいてから読み返す、という方法もあります。
要は、書きっぱなしにするといい文章にはならない、ということです。
私のブログの文章は推敲は一度もしたことはありません。アップしてから誤字の訂正をするだけです。こういう態度ではいい文章は書けないのは当然です。


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