遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

清水氏の手塚論

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

清水氏の意図が分かりにくくなってきた。
手塚が読んだと思われる翻訳と手塚のマンガ化とを比較しているのだが、論議の中心は何なのだろう。ドストエフスキーの原作は議論にならない。清水氏にとって完全なものだからだろうか。手塚治虫論なのか、まだはっきり見えてこない。

ようやく三分の一あたりまで読んだ。無駄の多い文章だな。
宗教が「罪と罰」の重要な位置を占めている。それが手塚版では全く省略されている、という。
当たり前ではないか。「罪と罰」の宗教の問題は日本人に分かるものではなく、まして子供向きに自己流に描いているのだから、余計な部分として切り捨てるのが当然だ。
それにしても研究書なのに、あらすじめいた長々しい説明、マンガのコマの解説、両方読んだ人間が読むところをなぜ説明しなければならないのだろう。私は両方をしっかり読んで論じていると言いたいのだろうか。

ドストエフスキーの原作を離れてみる。手塚治虫のマンガ化と思わず作品のなかに入ってゆく。
そのために冒頭のセリフが大きな意味を持つ。
不特定の書き出しがCOM版でドストエフスキーに近づくように書き代えられたことはカシマナシの遊びを改変したと同じく手塚版をドストエフスキー版に近づけようという無意識の妥協だ。些細なことだが注目すべきことだ。

マンガで「罪と罰」を描いたものはいくつかあるだろう。それらは原作への導きとして描かれている。
手塚治虫の場合もそういう意図のように思われる。ところが描いてみると、手塚版は原作を越えた作品になってしまった。それが手塚治虫のすごいところで、ドストエフスキーはネタに過ぎないことになってしまった。
原作以上になってしまったところを原作に忠実ではないと言ってみても仕方がない。
そういうことがあり得ると考えもしないのは清水氏の頭が硬いからだろう。

手塚は青年向きに書き直して、最初のセリフ、その他お遊びを改訂してしまった。
初めの方に階段のコマが続くが、その中段の部屋にはカシマアリの札がかかっている。ひとこまだけ、カシマナシの札に変わっているのもCOM版で改訂したらしい。清水氏が手塚全集を定本にしたのも、COM版ではまだきちがいというセリフが残っているためらしい。オリジナルは論評するには必須である。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
遠い蒼空
遠い蒼空
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

標準グループ

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事