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末期ガン患者入院記録

清水氏の手塚論

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これが表紙カバー、写っているのは СΟΜ版付録と復刻版。
裏側に 1953年11月5日、東光堂より発行された『罪と罰』。B6判上製・箱入り・132頁
と書いて初版表紙の写真が載っている。これは明らかに復刻版である。 
清水氏はおそらく初版は見ていないと思われる。

長い時間本が読めないので、やっと 50頁ほど読んだ。
清水氏は「罪と罰」のマンガ化で何を求めているのかが分かってきだ。
原作に忠実にどれだけ長くなってもいいからすべてをマンガにできないか。そのようなことを言う。
それは一体何なのであろう。原作を読めばいいのではないか。なぜマンガにする意味がある。
マンガもよく読む方で、つげ義春論は読んだことがあるような記憶がある。忘れているのはつまらなかったからだろう。

私は中学の時に手塚の「罪と罰」を読み、強い感銘を受けた。大学へ入って、ドストエフスキーの原作を読み、他のドストエフスキー作品に比べて、一番優れた作品だとは思わなかった。いくつかの弱点を感じた。
私にとって「罪と罰」は原作よりも優れた映画と同様、手塚版の方が優れている、と思われる。

読みかけて、清水氏の筆が手塚の「罪と罰」に及ぶとたちまちがっかりする。
清水氏は原典ではなくCOM版、そして手塚全集版を解読のテクストに使っていることが分かるからである。
前に書いたCOMの読者層を意識したセリフの方を引用しているのである。

なぜ、マンガを論ずる時、原典に当たらないのであろうか。私が「手塚治虫・覚書」で述べたのもそのことである。甚だしい改訂がされている場合、それは重大なことだ。
極端な言い方になるが、あらすじを読んで小説を読んだつもりになるのと大差ない。

清水氏は手塚が描いたペテルブルグを誉めているが、手塚は資料が少ないので、ロシアの風景をどこだったか他の写真を見て、想像して描いたと言っている。それらしく描かれていればいい、と清水氏は思ったのだろう。

「『罪と罰』が大好きで学生時代に何十回も読み返したという手塚治虫が、なんでまた子ども向けにアレンジしてまで漫画化する必要があったのか、そのことが理解しがたい。」
そうであろう。清水氏は優れたドストエフスキー研究家だが、手塚治虫研究家ではないからである。(続く)

読みはじめて、早くも躓いた。
「わたしはつげ義春は天才だと思う。しかし手塚治虫は優等生だと思うのである。」
つげは努力家である。手塚治虫は天才ではなくやはり努力家である。創作家を天才というような言葉で片付けてはいけない。
「彼(手塚)が描いた漫画『罪と罰』は原作『罪と罰』に及びもつかないことは明白である。」
そうであろうか。私はそう思わない。原作だから優れているとは限らない。
清水氏は優れたドストエフスキー研究家だが、頭から原作だから優れているとは言えないのである。清水氏は当然、ドストエフスキイを天才だと思っているのだろうな。(続く)

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