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混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

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存在理由の喪失or欠落



 人は 自分を高く買っている。
 自分が ”まったく詰らない者”とは、
 ふつう思わないし、思えない。

 我々は みな、
 ウソでも何でも、
 自分を何か大した者・評価に値する者と思いたい。


 一方で、私は 他の者と比べて、
 色々と劣る所があるのを認めざるを得ず、
 ”社会的に何か評価され得る”ほどの者ではないと思っている。

 世間のごくふつうの者で、
 特別 悪い事もしないが、
 何か りっぱな事もできない者だと・・・。

 そして、
 その上で、我々は 互いに、
 埒もない愛欲・名利を争っているのだ。


 我々は、ほんとうに 誰も彼も、
 自分の存在理由・存在意義の喪失に、
 あるいは その欠落に苦しんでいる。

 そして、何でもよいから、
 自分を支えてくれるモノに、
 しがみついて離れようとはしない。

 自らの存在理由を 外から与えられ、
 他に支えられなくては、
 自分ひとりで立つことができないのが、我々である。


 しかるに、釈迦仏は、

   生れて地に堕ち、すなわち 行くこと 七歩。
   右手を挙げて 住して言わく。
   天上天下唯我独尊 
   三界は 皆 苦なり。何ぞ楽しむべきものぞ。
                ――――― 瑞応経上

 驚くべきことに、
 生まれてすぐ 自分一人で立ったのである。

 

  • 顔アイコン

    キリスト教もそうですが、

    ようするに、この世のことに関心を持つのは、悪魔の仕業、それからのがれて、ただひたすら天界に意識を集中して、生きよと、

    現世否定、

    これが宗教の本質ですね
    でも現世に生まれている。
    生まれてきたものが、生まれてくるべきでないと、どうやって、その矛盾を調和させるのか、そこから偉大な宗教が生まれた。

    それを数千年間、ありがたがってきた、
    近代資本主義は、それを否定する、

    どちらが勝つのか、

    そのはざまで、にんげんはどうなるのじゃ

    みずがめ座

    2017/6/23(金) 午前 7:54

  • 顔アイコン

    「水がめ座」さんへ。こんばんわ。

    現世否定 ――― この要素のないものは いわゆる宗教とは
    言えませんね。こういうふうに 宗教の定義が為されれば、
    ずいぶん 混乱が少なくなるでしょうが、現世肯定でありながら
    なお宗教だとされている多くのものがありますね。
    何か知らないけれど、神さまや仏さまを祭れば、現世肯定
    であっても ありがたい宗教ということになっています。


    >生まれてきたものが、生まれてくるべきでない
    ―――「生まれてきた」は 現実or存在。「生まれてくるべき
    でない」は 価値判断ですね。
    この世には 生れてくるべきでなかった! 或は 生れてきた意味
    を見いだせない! などなど。

    厳然としてある存在or現実と、これを持てあます我々
    ――― ここに 宗教の深い根っ子がある・・・合掌

    [ jyo***** ]

    2017/6/23(金) 午後 10:51

jyo*****
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