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「水がめ座」さんへ。こんばんわ。
現世否定 ――― この要素のないものは いわゆる宗教とは
言えませんね。こういうふうに 宗教の定義が為されれば、
ずいぶん 混乱が少なくなるでしょうが、現世肯定でありながら
なお宗教だとされている多くのものがありますね。
何か知らないけれど、神さまや仏さまを祭れば、現世肯定
であっても ありがたい宗教ということになっています。
>生まれてきたものが、生まれてくるべきでない
―――「生まれてきた」は 現実or存在。「生まれてくるべき
でない」は 価値判断ですね。
この世には 生れてくるべきでなかった! 或は 生れてきた意味
を見いだせない! などなど。
厳然としてある存在or現実と、これを持てあます我々
――― ここに 宗教の深い根っ子がある・・・合掌[ jyo***** ]
2017/6/23(金) 午後 10:51
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イエスなど、孔子に至るまで、まさに 彼らの同胞(人間として
・民族として)の欠陥を その思惟の中心に据えて、この問題解決
に果敢に挑戦したわけですから・・・。
小室氏の『日本人のためのイスラム原論』の書評、今は ちょっと
時間がないので、後ほど ゆっくり読ませて頂きます。合掌[ jyo***** ]
2017/5/25(木) 午後 7:45
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ただ、中世になって「白山信仰」などとなって歴史舞台に姿を
現しますね。
いずれにしても、日本の土俗的な精神は、小室氏が言われて
いるように、今日の我々の心をかたち造っているわけなので、
西欧思想を勉強しても、儒教を学んでも、またイスラームや仏教を
やっても、日本人的にしか これを受け取れないわけでしょう。
我々の課題は、日本人の精神を自画自賛して そこに 魂の故郷
を見出すことにあるのではなく、イエスやムハンマド、そして釈迦
を縁として、人類としての、また日本民族の欠陥を見出し、
これを問題の俎上に載せて、この解決を探求するところにある
のだろうと思います。(続)[ jyo***** ]
2017/5/25(木) 午後 7:40
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phononjkさんへ。こんばんわ。
イスラームは、20代後半から30代半ばまで勉強し、その頃は
私のライフワークにしようと思っていましたが、諸般の事情で
これは断念。キリスト教は、20代前半に集中的に読みました。
神道については、これはその形を表したのが、平安中・後期
からで、古来の民衆信仰は 行政府や仏教の中にもぐり込み、
中央の貴族らの日常生活・年中行事の形になっていますが、
地方の民衆信仰の実態は、中央の方を向いた面しか、今は もう
分らないでしょう。(続)[ jyo***** ]
2017/5/25(木) 午後 7:17
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> jyo*****さん
yahooブログは8月31日をもって閉ざされたかと思いきや、今もこうしてコメントできるようですね。
後期高齢者のひとりとしてはブログの移転など面倒なことはあまり気が向きませんので、このままできればいいですね。
仏教を語ると言えば、dyhさんの記事とコメントの多さにはびっくりし、またブログのゆくえもどうなることかと思いましたら、dyhさんあっさりと消えゆくに任せるとのこと、dyhさんの人柄と苦の滅却体験の深さとを改めて感じさせられました。
もう10年を超えるブログですが、本当にいろんな方と出会えて感謝でした。kyomuさんも懐かしく忘れられないお一人です。おくればせながら、ありがとうございました。
shalom!
[ shalom ]
2019/9/1(日) 午後 3:24