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大乗仏教興起の背景には、大きな社会変動期に際して、
人々の苦悩が広がり、いや増したことによって、従来の自調自浄自度
の仏教、つまり 自己一身の「断惑証理」だけでは 事が済まなくなった!
という問題意識があったであろう。
自分および自分の身の周りの人々の苦悩は、より大きな外の世界の
変動によってもたらされている。それ故、世界全体・社会全体が
救われなくては、自分の救いは完結しないという意識であろう。
断惑の「惑」というものに対する視野が、 釈迦の菩提樹下での梵天勧請の時のように、自分の外に大きく広がった
のである。
当時は 釈迦以来の大動乱期であった。人類大動乱期の仏教が
大乗仏教であった*。自調自度で 事が済まない時代であった。
そして、21Cの今日 まさに、当時をはるかに超えた大動乱期である。
* この時代は イエスと同時代である。
釈迦は、部族国家から統一国家への変動期に当って、そうした国家
そのものを否定した。また、文明の勃興期に当って、「無一物」を実践
して、文明そのものを否定した。
すなわち、彼は 人類の流転・煩悩の暴走を押し止める道を、我々の
常識をはるかに超える規模、深さと広がりをもったものとして提示
したのである。
釈迦が出られたのは、人類の暴走が その限度を越えたことを示す
のであろう。そして、彼は 人間自身の自らへの危機意識を、我々に
代って懐き、我々に代って その救いの道を見出したのである。
大乗仏教興起の時代は、異民族の政治的・経済的・文化的な
インド亜大陸への侵入ということによって特徴づけられる。
今までは、インド内で ほぼ閉じられていた生活の中で、仏教は
釈迦一仏への帰依による阿羅漢を理想とする自調自度に始終していた。
その自己完結的な生活では、異民族との交渉は 副次的なものであり、
異民族の存在は 視野の外にあったのである。
しかし、新たに生じてきた状況は、彼らの存在を無視しては もはや
生活が成り立たない。異民族を どのように考え、どのように彼らに
対処すればよいのか? という深刻な問題に直面したのである。
大乗仏教は、従来の釈迦一仏から (三世十方無量の)諸仏への転換
として特徴づけられる。つまり、インド人の仏だけでなく、インド
の外にも たくさんの仏がまします、というのである。
三世十方: 如来とは -- Key:雑学事典
そして、それらの諸仏は、インドの釈迦仏を礼拝恭敬している。
同時に、釈迦もまた、インドの領域外にまします異民族の諸仏を
礼拝恭敬しているのである。
ここに、仏教は インド民族の宗教から、世界宗教となった。
しかし、これは 人類文化の輝かしい発展などという現代人好みの
教養主義的なものではない。
大乗仏教興起は、後に 中国浄土教において「正像末の三時」として
明確に意識されるようになるが、人類の流転の歴史の一環なのである。
人類の悪がいや増したがゆえに、これを救うために、釈迦の仏教は
大乗仏教という形になったのである。つまり、大乗仏教は 我々人間
の罪悪に応じて 興起してきたのである。
仏教が 世界宗教になったというのは、逆に 人類の悪が世界大に
もの凄いものになったということを表しているのである。
合掌
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2016年10月03日
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