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人は皆、己を温かくすることを すべてに優先して生きており、
他の判断基準も行動基準ももっていない。
ここに、大富豪や暴君を生み出す源がある。
また、種々の社会的不正や不条理が ここから生まれる。
つまり、彼らだけが悪いのでも、
これを生み出すとされる制度が悪いのでもない。
この「己を温かくすることをすべてに優先する」我々のサガを
龍樹は『十住毘婆沙論』に、
まず「放逸」と言い、次に「声聞・辟支仏の地を貪る」、
さらに「諸菩薩・菩薩の所行・大乗経を憎む」ところに源がある
菩薩(ぼさつ)
具体的には、六波羅蜜に相違する
慳貪・破戒・瞋恚・懈怠・調戯・愚痴
をなすこととしている。
人の悪業をえぐり出して、
今日の私の状況のよって来るところを云々する・・・。
私の状況を深く理解するには、それも必要だろう。
私の今の状況は、私を含めた幾多の人々の惑業の結果であるが、
これに到る経緯を知ったとしても、
流転はやまず、菩提に到ることは ついにない。
菩提 - Wikipedia :サンスクリット語・ボーディ(bodhi)
の音写。「完全な英知」「(仏の)悟り」。
これは、名ある歴史学者などの流転のさまを見れば明らかだし、
また、人の心に刻まれた怨念が造り出した人類文明は、
地上に地獄を現出しているのだ。
運命を共同する相手を 間違えているのである。
華厳経に曰く、
いずくんぞ 無量劫において つぶさに 一切の苦を受けん。
ついに 如来を遠ざかりて 自在力を覩(み)ざることなけんや。
と。
運命を共同するのは、世の人々とではなく、
如来(仏)とだったのである。
合掌
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2016年11月03日
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