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生物は その子孫を残すことに、
その一生の精力の大きな部分を使う。
その体の機能や形態は、
そのためにできているといってもよい。
盲導犬は、盲目の人のために生まれてきたわけでもなく、
金魚は、人の目を楽しませるために生きているわけでもない。
しかし、では
何故、生物は この世に子孫を残そうとするのか?
――― こういう問いをもつのは、人間だけ、
しかも、人間のごく一部だけで、
多くは、他の生き物と同様に、
何の疑問もなく、このサガを生きている*。
* これを 流転(るてん)という。
仏教は、ここに、
その子孫を残す営みを捨て、
「出家」という いわば、この 太古以来の生き物のサガを
真正面から否定するという 剣呑この上ない生き方を勧める。
生き物の存在意義を、仏教は
「成仏」という およそ 我々の発想or感覚にはないものに見出した。
子孫を残すことではなく、
一切衆生悉皆成仏、或は この世ではなく 彼岸の浄土往生に!
@ 一切衆生とは、犬も金魚も人間も・・・である。
つまり、生きとし生けるものすべてである。
これは、驚くべきこと、
トンデモナイことである。
合掌
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2016年11月29日
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