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たとえ、身を諸々の苦毒の中におくとも、
わが行は 精進して 忍びて
ついに悔いざらん
―――― 大無量寿経「讃仏偈」
☝ 法蔵菩薩の歌
自分の身の事だけで精一杯、 他人を配慮するに十分でない、
いわゆる 名利の奴・己が逸楽のみ耽る者のために、
喜んで 自分の時間とイノチを捧げる者はいない。
自己中心で すべてを考え 言動している者のために、
たとえ、その者の安穏のためにと思ってやっても、
それは、かの者の貪欲に呑み込まれるだけのことである。
このため、世間の常識は、
”他人のためにするのは、それが 己のためである場合に限る″
ということになるのだ。
この原則を逸脱する者は、
”世間知らず″ とか ”気違い”であるとされるのも
ごく当たり前のことであろう。
これが世間知である。
ところが、愚者・悪人のために
己がイノチを捧げる者があった。
それが 大乗仏教の菩薩であり、
その第一人者が、法蔵菩薩であった。
自分の思いの中に 他人を縛り付ける or
他人の思いの中に 自ら呪縛されるのが、
世間の恩愛である。
そこでは、
自分の手を 相手から離すということができない。
これが凡夫の世界、いわゆる世間である。
まさに知るべし。我 五濁悪世において、
この難事を行じ、
阿耨多羅三藐三菩提を得て、
一切世間のために、この難信の法を説く。
これを甚難となす。
―――― 仏説阿弥陀経
@ 我とは釈尊 |
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2017年04月22日
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