|
人は 自分を高く買っている。
自分が ”まったく詰らない者”とは、
ふつう思わないし、思えない。
我々は みな、
ウソでも何でも、
自分を何か大した者・評価に値する者と思いたい。
一方で、私は 他の者と比べて、
色々と劣る所があるのを認めざるを得ず、
”社会的に何か評価され得る”ほどの者ではないと思っている。
世間のごくふつうの者で、
特別 悪い事もしないが、
何か りっぱな事もできない者だと・・・。
そして、
その上で、我々は 互いに、
埒もない愛欲・名利を争っているのだ。
我々は、ほんとうに 誰も彼も、
自分の存在理由・存在意義の喪失に、
あるいは その欠落に苦しんでいる。
そして、何でもよいから、
自分を支えてくれるモノに、
しがみついて離れようとはしない。
自らの存在理由を 外から与えられ、
他に支えられなくては、
自分ひとりで立つことができないのが、我々である。
しかるに、釈迦仏は、
生れて地に堕ち、すなわち 行くこと 七歩。
右手を挙げて 住して言わく。
天上天下唯我独尊
三界は 皆 苦なり。何ぞ楽しむべきものぞ。
――――― 瑞応経上
驚くべきことに、
生まれてすぐ 自分一人で立ったのである。
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
2017年06月22日
全1ページ
[1]
コメント(2)
全1ページ
[1]


