|
目連救母の精神史
中国文明における母殺しの彼岸 この母は 昔は栄華を極め、絹のとばりに錦の几帳を出入りした
のを、どうやって耐えようか、この地獄の責め苦。餓鬼と変じて
千年もの生き死に、口より千回も舌を抜かれ、胸は百度も鉄犂で
耕される。骨・関節・筋・皮、随所に断たれ、刀剣を借りずして
自ずから崩れ散る。瞬く間に千度も死んだが、その度に生きよと
怒鳴られまた蘇る。この地獄では人はみな同じ責め苦。貴賤も公卿
も同じこと。
このような残忍な責苦を見せ場とする地獄巡りの場面は〈目連救母〉 の発展の中で、さらに詳しく くどくなっていく。南宋あるいは元代の
ものと推測される『仏説目連救母経』なるものが京都に、また全く同じ
内容のものが朝鮮王朝にも残っており、野村伸一は、「 13世紀から
15世紀の東アジアでは、『仏説目連救母経』の系統の目連経がかなり
流布していた 」と推測している。
この『仏説目連救母経』は、絵図を文が説明するといったかたちで
展開されているのだが、吉川良和によれば、その絵図は三十一個の場面
にわけることができるという。そして、地獄巡りの場面は、そのうちの
十二番目から二十七番目までが費やされている。
また、金代の演劇には『打青提』(青提は目連の母の名)と題されるものも
あり、そのタイトルから やはり母親が地獄で受ける責苦の数々を描く
ことに重点を置いたものであると推測されている。
この『打青提』の系統の演劇は その後も好まれたようで、明の嘉靖・
万暦期(1522〜1620)の初めにも、『青鉄劉氏游地獄』という演目が
あり、同類の演劇のようである。
また,今日でも上演される,福建省泉州の木偶戯における『目連救母』
は、いっそう執拗に残酷で、母親は、石臼でつぶされ、刺又で刺され、
蒸し器に入れられ、刀でめった切りにされ、再び石臼でひかれ、最後に両目を糞で塞がれる、という。
では、この地獄巡りという一見したところ現実の生活とは何の関係も
ない、荒唐無稽ともいえるモチーフには いかなる意味あるいは魅力がある
のだろうか。
従来 研究者たちは、〈目連救母〉が元来は仏典の中の話であったこと
などを踏まえながら、このモチーフは 地獄の恐ろしさを知らしめて善
を積むことを勧めるためにある、などと考えてきた。
しかし、〈目連救母〉が、仏教的な信仰の場から ある程度離れて
芸能化し世俗化しても、この部分は変わらないどころか、むしろ母の
悪行が強調されるとともに地獄巡りと責苦の描写がくどくなり明らかに
物語の中心をなすようになった という歴史的な変化は、こうした従来
からの説では まったく説明できない。
なぜ、荒唐無稽かつ残忍すぎるように見えるこの場面が かくも好まれ
たのか。
まず言えるのは、物語の最も表層の部分は 母を救おうとする親孝行 な行為に終始するのであるが、その具体的な行為としての「地獄巡り」
は、道徳的規範に則った行為というよりは、最愛の人を探し求める、
より深い愛の行為であると感じられる、ということである。
地獄という舞台は、森や山、あるいは海と同様に、日常世界とは
異なる、より深いレベルの感情、とりわけ 母への感情を表現するに
ふさわしい。そして、この非日常的な舞台において母を尋ね歩きながら
母には あと一歩のところで出会えない、というモチーフが繰り返される
ことによって、目連が探し求めているものが、そう簡単には得ること
のできない貴重なものだという印象がいっそう強められる。
地獄において、最愛の人を取戻したいが取戻せない、というモチーフ
は、古代ギリシア神話の『オレフェス』や『古事記』の「イザナギと
イザナミ」など長く語り継がれてきた物語にもみられる。
〈目連救母〉もそうした文化を超えた普遍的なモチーフによって、 最愛の人に辿り着きたいという 普遍的な感情を描いているのだと思われ
るが、〈目連救母〉においては その普遍的な愛の感情の正体が より直裁
に示される。それは、「乳哺の恩」(授乳してくれた母の恩。「乳哺懐胎の恩」
という表現もみられる)という、すでに『仏説盂蘭盆経』にみられ、その後も
よく使われる表現に直接的に表されているように、子と母の原初的な
関係における愛情にほかならない。あるいは、目連が責苦に苦しむ母の
身代りになって 自らが地獄に堕ちたいと願うモチーフがよくでてくる
が、これもまた 目連にとって 母が一心同体の原初的な関係にあること
が示されているように思われる。そのような愛し愛される最も基本的な
愛情関係に立ち返りたいという、決して果たされることはないが切実な
欲望が この地獄巡りには見事に表現されているといえるだろう。
しかし同時に、この地獄巡りにおける母に対する責苦の残酷で執拗な
描写に接すると、そこには、母を罰したい、攻撃したいという欲動が
あることが感じられる。
プロットの表面上は 目連が地獄巡りをするのは母を救うためであり
ながら、説話的・演劇的に実際に表現されるのは、地獄で過酷な懲罰を
受ける母の姿であり、その描写が〈目連救母〉という説話・物語の
クライマックスであるのは明らかである。
逆に、母が最終的に救済されるシーンは ごく簡素であり、救済な形態
も、人間に戻ってから忉利天に昇ったとか勧善夫人に封じられたとか、
演目によって様々で、おざなりな印象は拭いがたい。
要するに、〈目連救母〉を貫くのは、すでに死んだ母が地獄で苦しみ
続ける様を見て楽しむ、というかなりサディスティックな嗜好であり、
それゆえに〈目連救母〉とは 一種の「母殺し」の物語なのだ とさえ
いえるだろう。
ちなみに、母殺しの物語として著名なものとして、『阿闍世』が
ある。これも古代インドで行われた物語で、東アジアでは仏典を通して
知られた (なお、この物語にも目連が登場する)。仏典によって プロットが
かなり異なるが、精神分析の日本におけるパイオニアである古澤平作と
その弟子の小此木啓吾は、おおよそ次のように語り直している。
王の妃・韋提希は三年後に仙人の生まれ変わりを出産すると知った
が、待ちきれずに仙人を殺してしまった。かくして生まれた阿闍世
に対して 両親は恐れて殺そうとして失敗する。成長した阿闍世は、
知人からそのことを聞かされ 唆されて 父王を幽閉し何も食べさせ
なかった。ところが、母は秘かに全身に蜜を塗って父に舐めさせた
ので、父は生き延びた。そのことを知った阿闍世は震怒して、母を
殺そうとするが、大臣らに諭されてかろうじて思いとどまる。
そして 阿闍世は 父を殺害して王となる。しかし 阿闍世は 父を
殺したことを後悔し、そのあまり全身が腐り始めた。母が懸命に
看病してくれたが治らなかった。そこで 母は釈迦に救いを求めて
その教えに触れた後に、再び看病すると、阿闍世は、すっかり具合
がよくなり、偉大な王となった。
古澤平作は、この『阿闍世』を分析して、この物語の中に フロイト のいう、父を殺害し母と結婚しようとして果たせない「オイディプス・
コンプレックス」の深層にあるものとして、よりいっそう濃密な母への
情動、すなわち 原始的な口愛サディズムとしての母殺しの欲望と、
にもかかわらず 母に許されたために生じる原初的な罪悪感とを見出して
それを「阿闍世コンプレックス」(阿闍世錯綜)と名づけた。
〈目連救母〉もまた、残忍な攻撃性を包含する、母への深い愛憎を 表現したものなのだから、古澤の古典的な説に則るならば、一種の
「阿闍世コンプレックス」を表現したものだといえよう。
しかしながら、〈目連救母〉は このコンプレックスの内実がより根深い
由来をもったものであることを示していると考えられる。とりわけ、
目連が差し出した飯を母親が口にしようとすると飯が忽ち猛火となって
炭となるという、数々の〈目連救母〉において たいていは登場する
モチーフは、この原初的なコンプレックスの内実をよく描いている。
一般的にいって母親は、「乳哺の恩」を子どもに施すのであるが、
逆に 母乳や食べ物を十分に与えられなければ、子どもにとって それは
何よりの苦しみであり 激しい怒り・失望を引き起こすであろう。
〈目連救母〉にあっては、まさに この母の「乳哺の恩」が語られながら
も、十分に「乳哺」されなかった原初的な怒りが、母が食べられず飢え
て苦しむ、という主客の転倒によってルサンチマン的に表現されている
のだと思われる。
最初の『仏説盂蘭盆経』において すでに母が、飢えに苦しんで骨と皮
だけになって痩せこけて餓鬼となっていることもまた、この主客転倒
のルサンチマン的表現ととらえることができよう。
つまり、十分に授乳されなかった苦しみを母親にも味合わせようという
無意識的な復讐の欲望が充足されている、ということになる。
換言すれば、この〈目連救母〉のモチーフとは、忘れられたはずの、
最も原初的な母子関係における子どもの貪婪な口唇的な欲望と怒りの
再演なのである。
因みに、盂蘭盆で 飲食を供する対象は 元来は現世の僧衆であったが、
いつの頃からか日頃 冥途で腹を減らしている亡霊に代わっていく。
このことからも、〈目連救母〉が口唇的な貪欲さをテーマにしている
ことがわかる。
子どもから母へと投影された、口唇的な貪欲さが満たされない苦しみ
は、例えば、『広州民間故事』の中の「羅卜的母親」という民話に
とくによく表現されている。
羅卜は生まれながらにして 精進料理しか食べなかったのだが、
その義母は 義理の子どもたちに酷薄で、色々と悪さをして人に
恨まれて死んだ。羅卜は 地蔵王となって この義母を九層地獄の
さらにその下の刀山で刺されているのをみつける。閻王は 地蔵に
免じて 彼女を生まれ変わらせることにする。豚に生まれ変わっては
どうかと言うと 彼女は人に殺されるからと嫌がり、犬なら人に
嚙みつけるから犬がいい、といって犬に生まれ変わった、という。
このように、この民話は、最初から最後まで口唇的なモチーフに
貫かれているのであるが、それは母親よりも乳幼児の欲望のありかたに
ふさわしい。〈目連救母〉の中には、母親を「糞池地獄」に堕とすもの
さえあって、これも極めて幼児的な憎悪の表現だと思われる。
(3)原光景の再演 つまり、地獄巡りのモチーフには、自らを生み 食べさせてくれた最愛
の人と再会したいという欲求と その同じ人物に サディスティック に復讐したい
欲求という相反するかのような原初的な愛憎が満ちているわけだ。
そして、さらに、この強烈な アンビヴァレンス の根底にあるのかもしれない
もう一つの隠されたテーマが〈目連救母〉にはあるように思われる。
それは、母親が 女として 夫(あるいは他の男)と性交していることを目撃
した幼児の複雑な感情である。
当然ながら、プロットの表面にあっては、母親は性交したりはしない。しかしながら、彼女が地獄で峻烈に罰せられることになる「罪」とは 性交したことであることが 随所に暗示されている。当初、目連の母の
罪は「慳貪」「慳妬」などと抽象的に表現されるにとどまっていたが
(抽象的だからかえってその罪の中身が気になるわけだが)、時代が下って
物語が膨らんでくると、彼女の罪が具体的に描写されるようになる。
よくあるのは、目連が依頼した僧侶への伽を怠ったこと、夫の喪の間
に誓いを破って肉食をしたこと、僧侶を罵ったこと、などである。
だが、これらの「罪」は、彼女の苦しむ過酷極まる「罰」と釣り合う
ほどの「罪」ではないはずだ。
にもかかわらず、彼女が過酷な罰を受けるのは、実は他の罪、すなわち 姦淫の罪を犯しているからなのだ、と考えられる。
プロットの上では、管見の限り、母親が姦淫をしたという記述は
ただの一度もないのだが、しかし 姦淫が重い罪であることは 通常の仏典
以上に〈目連救母〉には執拗に描写されていて、例えば、『大目乾連
冥間救母変文』では、銅柱鉄床地獄という地獄の説明として、「 世に
あるとき、女が男を、男が女を誘って、父母の床にて淫行をなし、また
弟子が師の床で、奴婢が主人の床で淫行をなして、この地獄に堕ちる
のだ 」とされる。
父母の床にて淫行をなす とは 字義通りには 息子・娘たちの淫行を
さすが、言葉の効果として「父母の淫行」を想起させる。
また「 女はその血で日月星を汚すので血の湖に陥る 」(『目連救母勧善 戯文』)といった「血の池地獄」についての表現にみられるように、目連
の母が地獄に堕される原因となった罪は 血の穢れのためとされることも
多い。
血の穢れ故に 女は地獄に堕ちるという発想は、近世以降の〈目連 救母〉だけではなく、十世紀の『血盆経』の影響などによって 近世中国
には広くみられたようだ。血の穢れとは、もっぱら、月経や出産、産死
や堕胎といった女性の生殖に関わる事象を指しており、このことからも〈目連救母〉にあっては、明言はされていないが、母親の姦淫が何より
の罪とみなされていたことを暗示しているように思われる。
さらにつけ加えるならば、「地獄巡り」の中で、劉氏は しばしば蛇身
に変じているが、世界の多くの文化圏と同様、中国の神話・民話世界においても、蛇は しばしば淫乱な女の隠喩的な象徴である。
ところで、フロイトによれば、ある時期の子どもには「 自身の極めて強い性的好奇心の的である母親が ひそかに不実をはたらき、秘密の情事
にふけるといった状況を想定することによって 快を味わいたいという
思い 」があって、そのために性愛的な要素の強い、様々な「家族物語」
を空想するのだという。
〈目連救母〉にあっては、母親の「秘密の情事」が、彼女が地獄に
堕とされた理由として暗示されるばかりではなく、その情事そのものが
実は かなりあからさまに描かれている。それは、〈目連救母〉の中核的
モチーフであるところの、劉氏が地獄で責苦を受けるシーンである。
子どものファンタジーの中では、目撃した両親の性交を父による母への
いじめ・暴力であると しばしばみなしていることは 広く知られているが、目連の母が地獄で苦しむさまは、観る者のファンタジーを刺激して
母(と父)の性交、つまり いわゆる「原光景」をはっきりと暗示している、
と思われるのである。
目連の母は、ほとんどの〈目連救母〉において、地獄で太い棒状の
もの(太い釘や棒)で刺し貫かれるのであるが、これはより端的に性交を
想起させる。例えば、『大目乾連冥間救母変文』では、目連が母に最初
に再会するとき、母は次のような状態であったという。
「 その身は上から下まで四十九本の長い釘で鉄の床に打ちつけられて
応えることもできなかった 」
先に引用したフロイトの図式に則るならば、母親(と父親)の性交への
好奇心と怒りとが、〈目連救母〉における地獄巡りにおいて母が過酷
に罰せられる苦しみに悶えるという、サディスティックかつ性愛的な
ロマンスを生み出し享受し続ける原動力となった、ということになる。
1950年代頃まで上演されていたという、川劇の目連戯は、さらに
あからさまで、目連の母は、首の両側、両脇下に加えて、股の間も
挿しに刺されており、この場面に「打」という名前がつけられて
いることからも、一つの見せ場であったようである。
なお、先の『阿闍世』は〈目連救母〉よりも、父母を殺害しようと
する欲求をあけすけに言明することをはじめ、全体に偽装していない
率直な物語といえるが、とくに母への直接の殺意が、父母の性的な関係
に由来することを、やはり明確に語っている点が興味深い。
阿闍世によって幽閉された夫を助けようと阿闍世の母は、全身に蜜を
塗って夫に会いに行き その身体を舐めさせるのである。この端的に性的
な行為を知った阿闍世は震怒して母を殺せと家臣に命じるのである。
こうしたことから、我々は端的にいって、〈目連救母〉における地獄 での責め苦のシーンは、母の情事│そして父母の情事│の隠喩的表現
という側面をもつと考えることができる。
〈目連救母〉の聴衆・観衆 は、母の性交を覗き見する快楽と それを
罰する悦楽とを楽しんでいる、というわけだ。
(続)
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
2018年09月30日
全1ページ
[1]
コメント(0)
全1ページ
[1]




