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仏説 無量寿経
悲化段(4) 【32】
仏、弥勒菩薩ともろもろの天・人等に告げたまはく、
「我いまなんぢに世間の事を語る。人これをもつてのゆゑに坐まりて
道を得ず。まさにつらつら思ひ計りて衆悪を遠離し、その善のものを
択びてつとめてこれを行ずべし。愛欲・栄華つねに保つべからず、
みなまさに別離すべし。楽しむべきものなし。
仏の在世に曼びて、まさにつとめて精進すべし。
それ至心に安楽国に生れんと願ずることあるものは、智慧あきらかに
達り、功徳殊勝なることを得べし。 心の所欲に随ひて、経戒を虧負して、人の後にあることを得ること
なかれ。もし疑の意ありて経を解らざるものは、つぶさに仏に問ひ
たてまつるべし。まさにためにこれを説くべし」と。
弥勒菩薩、長跪してまうさく、「仏は威神尊重にして、説きたまふ
ところ快く善し。仏の経語を聴きて心に貫きてこれを思ふに、世人
まことにしかなり。 仏ののたまふところのごとし。いま仏、慈愍して
大道を顕示したまふに、耳目開明にして長く度脱を得。仏の所説を
聞きたてまつりて歓喜せざることなし。
諸天・人民・蠕動の類、みな慈恩を蒙りて憂苦を解脱す。仏語の教誡
ははなはだ深くはなはだ善し。智慧あきらかに八方上下、去来今の事
を見そなはして、究暢せざることなし。
いまわれ衆等、度脱を得ることを蒙るゆゑは、みな仏の前世に求道
のとき謙苦せしが致すところなり。恩徳あまねく〔衆生を〕覆ひて
福禄巍々たり。光明徹照して空を達ること極まりなし。〔人をして〕
たまふこと無窮無極なり。
仏は法王たり、尊きこと衆聖に超えたまへり。あまねく一切の天・人
の師となりて、〔人々の〕心の所願に随ひてみな道を得しめたまふ。
いま仏に値ひたてまつることを得、また無量寿仏の声を聞きて歓喜
せざるものなし。心開明なることを得たり」と。
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仏説 無量寿経
悲化段(3)
かくのごときの世人、善をなして善を得、道をなして道を得ること
を信ぜず。人 死して さらに生じ、恵施して 福を得ることを信ぜず。
善悪の事 すべて これを信ぜずして、これをしからずと謂うて つひに
是(ぜ)とすることあることなし。
ただ これに坐するがゆゑに、また みづから これを見る。 たがひに
もとより善をなさず、道徳を識らず、身愚かに 神闇く、心塞り意閉づ。
死生の趣、善悪の道、自から見ることあたはず、語る者あることなし。
吉凶・禍福、競ひて おのおのこれをなすに、ひとりも怪しむものなし。
子、父に哭す。兄弟・夫婦 たがひに あひ哭泣す。顛倒上下することは、無常の根本なり。みな まさに過ぎ去るべく、つねに保つべからず。
教語し開導すれども これを信ずる者は少し。ここをもつて 生死流転
休止あることなし。かくのごときの人、矇冥抵突(もうみょうたいとつ)
にして 経法を信ぜず、心に遠き慮りなし。各々意を快くせんと欲へり。
これに坐して道を得ず、まさに悪趣の苦に更(かえ)り、生死窮まり
やむことなかるべし。哀れなるかな、はなはだ傷むべし。
ある時は 室家の父子・兄弟・夫婦、ひとりは死し ひとりは生まれ、
たがいに 哀愍し、恩愛思慕して、憂念 結縛す、心意 痛着して たがひに
顧恋す。日を窮め 歳を卒(お)へて、解けやむことあることなし。
道徳を教語すれども 心開明せず、恩好を思想して 情欲を離れず。
昏矇閉塞して 愚惑に覆はれたり。深く思ひ、つらつら計り、心みづから
端正にして 専精に道を行じて世事を決断することあたはず。
便旋として 竟(おわ)りに至る。年寿 終り尽きぬれば、道を得ること
あたはず。いかんともすべきことなし。総猥憒擾(そうえけにょう)にして
みな愛欲を貪る。道に惑へる者は 衆(おお)く、これを悟る者は 寡
にして ために 妄りに事を興す。天地に違逆し、人心に従はず。
自然の非悪、まづ随ひて これに与し、恣(ほしいまま)に 所為を聴(ゆる)
して その罪の極まるを待つ。その寿 いまだ尽きざるに、すなはち
たちまちに これを奪ふ。悪道に下り入りて 累世に勤苦す。その中に
展転して 数千億劫も出づる期あることなし。痛みいふべからず、
はなはだ哀愍すべし」と。
(続)
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仏説 無量寿経
悲化段(2)
あひ敬愛して あひ憎嫉することなかるべし。有無あひ通じ、貪惜を
ある時は 心諍ひて 恚怒するところあり。今世の恨意 微(すこ)し
あひ憎嫉すれば、後世には うたた劇しく 大きなる怨となるに至る。
ゆゑはいかんとなれば、世間の事 たがひにあひ患害す。即時に 急に
あひ破すべからずといへども、しかも 毒を含み 怒りを畜へ 憤りを
たがひにあひ報復すべし。
人、世間愛欲の中にありて、独り生れ 独り死し、独り去り 独り来る。
行に当りて 苦楽の地に至り趣く。身 みづから これを当(う)くるに、
代る者あることなし。
善悪変化して、殃福処を異にし、あらかじめ厳しく待ちて まさに
独り趣入すべし。遠く他所に到りぬれば よく見るものなし。
善悪 自然にして 行を追うて生ずるところなり。窈々冥々として
別離久しく長し。道路同じからずして 会ひ見ること期なし。はなはだ
難く、はなはだ難ければ、またあひ値ふことを得んや。 なんぞ衆事を棄てざらん。おのおの強健の時に曼(およ)びて、
いかんぞ道を求めざらん。いづくんぞ待つべき所ある。なにの楽をか
欲するや。
(続)
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仏説 無量寿経
悲化段(1)
仏、弥勒菩薩・諸々の天 人等に告げたまはく、
無量寿国の声聞・菩薩の功徳・智慧は、称説すべからず。
また その国土は、微妙安楽にして 清浄なること かくのごとし。
なんぞ つとめて善をなし、道の自然なるを念じて、上下なく洞達して
辺際なきことを著(あらわ)さざらん。よろしく 各々 勤めて精進して、
つとめて 自らこれを求むべし。
必ず超絶して去ることを得て 安養国に往生せよ。横に五悪趣を截りて
悪趣自然に閉ぢん。道に昇るに窮極なし。 往き易くして人なし。
その国 逆違せず。自然の牽(ひ)くところなり。
@五悪趣:五道とも言い、凡夫が自分の為した心身の行いの結果として趣く
ところ。 地獄・ 餓鬼・ 畜生・ 人 ・ 天 。 なんぞ 世事を棄て 勤行して道徳を求めざらん。極長の生を獲べし。
寿の楽しみ極まりあることなし。
しかるに 世人、薄俗にして 共に不急の事を諍ふ。この劇悪極苦の中
にて、身の営務を勤めて もつて 自ら給済す。
尊となく卑となく、貧となく富となく、少長・男女ともに銭財を憂ふ。
有無同然にして 憂思まさに等し。屏営として愁苦し、念を累(かさ)ね、慮りを積みて、心のために走り使はれて、安き時あることなし。
田あれば田に憂へ、宅あれば宅に憂ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食
・什物、また共に これを憂ふ。思を重ね 息を累みて 憂念 愁怖す。
横に非常の水火・盗賊・怨家・債主のために焚かれ漂され劫奪せられ、
消散し磨滅す。憂毒 忪々として解くる時あることなし。
憤りを心中に結びて、憂悩を離れず。
身亡び命終れば、これを棄捐して去る。誰も随ふものなし。尊貴・
豪富も また この患ひあり。憂懼万端にして、勤苦かくのごとし。
もろもろの寒熱を結びて痛みと共に居す。
貧窮・下劣のものは、困乏して つねに無し。田なければ また 憂へて
田あらんことを欲ふ。宅なければ また憂へて宅あらんことを欲ふ。
牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物なければ また憂へて これあらん
ことを欲ふ。
たまたま一つあれば また一つ少け、これあれば これを少く。斉等に
あらんと思ふ。 たまたま つぶさにあらんと欲へば、すなはち また
糜散す。かくのごとく 憂苦して まさに また求索すれども、時に得る
ことあたはず。 思想するも益なく、身心ともに労れて、坐起安からず、
憂念 あひ随ひて 勤苦することかくのごとし。
また もろもろの寒熱を結びて痛みと共に居す。ある時は これに坐して
身を終へ、命を夭ぼす。
あへて 善をなし 道を行じて 徳に進まず。寿(いのち)終り、身死して
まさに 独り遠く去る。趣向する所あれども 善悪の道 よく知る者なし。
(続)
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