|
2014年 台湾作品
監督・脚本・エグゼクティブプロデューサー : ニュウ・チエンザー
出演:イーサン・ルーアン、レジーナ・ワン、チェン・ジェンピン
チェン・イーワン
台湾映画の懐の深さを感じるのは、こういう歴史的にセンシティブな
題材を、エキセントリックにならずに提供できるからではないかと思う。
台湾国民軍の中に、「特約茶室」という公娼館が存在したと言う。
戦後40年の間、公然の秘密だった。
ここにいる人々は、男であれ女であれ、自ら望んで来たわけではない。
運命に翻弄されたどり着いた先が金門島だ。
エンドロールを見ていたら、山東方言、台湾語、金門台湾語、
泰雅(タイアール)語、客家語等々の方言指導が入っていた。
そこにいた人たちは、みんな出自が違うのだ。
台湾の近代史の複雑さを物語るものではあるが、
外省人・内省人、少数民族、ということだけでなく
男とか女とかいうことだけでなく、みなそれぞれの
背景があり、通って来た道も違う。
そして、一人の青年が大人になる過程の、私小説的側面。
色々なものが見えるてくる。
センシティブで時には暴力的にもなりそうなテーマを
切なく、時には甘く、美しく描いている。
「モンガに散る」の強烈なスピードとバイオレンスとは
また違う色の作品でした。
|

>
- エンターテインメント
>
- 映画
>
- 映画レビュー







冒頭の2行、“ 台湾映画の懐の深さ ” や “ エキセントリックにならずに ” っていう部分、そうなのですね?…自分の印象は方向違いで浅いだろうけど、台北で2度滞在した時に接し垣間見た人々の多くが、“ 気遣いが繊細なのだけどそれを感じさせないおおらかさや丸さを併せ持ってる? ” という印象でした。直接的でも声高でもなくて。それだけに、ジワリと感じさせられることも多かったような。
言語に関連して、台北にお住いの友人(日本人)から聞いたお話。→ 小学校低学年のお子さんが、【 家庭内での日本語・ご近所さんとの?罨南語・学校での國語 】 を当たり前のように使い分けてるのだそうです。…泰雅語、金門台湾語、山東方言なんていうのもあるのですね。
2018/7/2(月) 午後 8:17
台湾の政治的背景はその国内だけの問題でもなくさまざまな国の思惑が地政学的にもからみあって。そして、その中で虐げられるのがそこに暮らす市井の人々であり、さらにそこからさらに虐げられる人々。
その物語を「エキセントリックにならずに提供できる」なんて本当に懐が深い。
でもそのような作品ゆえに訴えるものが強く強く伝わってくるように思います。これまた見たい作品ですね。
先日、以前jyujaiさんがご紹介された「クーリンチェ少年殺人事件」を見ることができました。
すごかったです。
2018/7/4(水) 午前 7:20
> こえださん
ほんとに、そうです。台湾の方々のおおらかさや、優しさは、は懐の深さなのだと思います。これだけの複雑な背景なのに、この寛容さはどこからくるのでしょうか。
やっぱり、こえださんのお知り合いのように、子供の頃からそういう環境にいるからこそ、いろんな言葉を使い分けている。
金門台湾語は、?罨南語の一方言と思います。山東方言は外省人の出身地がわかる言葉。泰雅(タイアール)語は原住民族の言葉。日本にだって全くこう言うことがないわけではないのに、なぜか日本人はこういうことに鈍感だと思わずにいられません。
2018/7/14(土) 午前 0:18
> korotaさん
ほんと、台湾の背景は政治的も歴史的にも地理的にも複雑で、一口には言い表せないものがありますよね。こればっかりは、今流行りのグルメ旅や、可愛いもの探しの旅だけではわかりません。こういうものを、映画がきちっと提供してくれる。すばらしいことだと思います。
「クーリンチェ少年殺人事件」ご覧になったんですね〜!語り合いたいわあ。
2018/7/14(土) 午前 0:33