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司馬遼太郎の「モンゴル紀行」によれば、モンゴル人は農業に関しては、
あまり良い印象を持っていないらしい。
モンゴルの遊牧民は、家畜の餌場を求め移動する。
何千年も、そうやって暮らして来ました。
そこをほじくり返す(農業)ことをすれば、二度と草は生えてこないのです。
農耕の民である漢民族がじわじわと農地を広げ、そこに戻った遊牧民は
餌場を失い北上せざるをえなかった。そこが今のモンゴルの地。
もちろん、今では農業もあります。旅の途中、広い広い小麦畑も目にしましたが
きっちり管理が行き届いている日本の田畑にくらべれば
どこかおおらかな感じがするのはモンゴルらしさかもしれません。
当然、モンゴルでは、食事に肉がないっていうことはありえないそうです。
そして、野菜はあまりお好みではない。
ビタミンは内臓やチーズから摂取することができます。
羊を一匹屠ってくれて、おもてなし料理をいただきました。
血の一滴もながさず(Bloodless Slaughtering)、毛も皮も
内臓も、何一つ無駄にしません。
そして糞は室内の燃料になります。
本当の持続可能(Sustainable)な生活が、ここにありました。
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蒙古旅行







いやぁ〜ダイナミック!
この言葉久しぶりに使ったように思うのですが
このテキストを拝見して最初に感じた言葉がこれでした。
歴史的な背景や厳しい自然の中でしっかりと生きていくために、そしてそれが自分たちだけでなく代々、子々孫々まで続くためにも、限られた資源や命に感謝しながら、無駄にせずに生きているのですねぇ。
結果常にその環境は循環し保たれている。
日々の自分の生活を反省…です。
2018/10/10(水) 午前 6:41
> korotaさん
風景も、生活も、食事もほんとにダイナミックですねえ。
遊牧民族の文化や歴史に関して言えば、知識がほとんどありませんでしたから、びっくりがいっぱいです。今も本を読んでますが、知らないこと、わからないことがたくさん。
それを知ることによって、自分の生活を振り返ることもできますね〜。やっぱり行って見るものです。
2018/10/11(木) 午後 11:13
上 ↑ の、ころたさんへの返コメ、「今も本を読んでますが」っていう部分、Jyujaiさんらしいなぁと(勝手ながら)感じます。帰ってきてから(も)、モンゴルに関わって読んでみたくなるというお気持ち。惹かれた部分や知りたくなった部分が残る…ということなのかな。自分はどこの国も、行って帰ってきたら行きっぱなし(笑)。
羊1匹すべて無駄なく糧にする…こういうのって、エスキモーの人達と似通うところがありそうですね。北方に住まう人々の変わらぬ知恵や日常のような。その時の “ 音 ” や “ 匂い ” も、貴重な記憶に残りそうです。
2018/10/19(金) 午後 8:54
> こえださん
コメント、ありがとうございます。最近自分の興味が回帰しているようで、歴史とか地勢とか、文化人類学とか、ゆっくりですが、勉強し直したいなと思っています。それもやっぱり、どこかへ行くからこそ、刺激になっているのかなあと思います。
世界の様々な場所で、色々な生活、色々な文化がありますが、無駄なく糧にするというのは、本来人類がしてきたはずのことかもしれませんね。
2018/10/21(日) 午前 0:52