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こぶたの休息
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久しぶりの投稿になってしまいました。

このブログも、Yahooブログのサービス終了に伴い
8月いっぱいまでしか書き込むことができません。
今は引っ越し先を検討中。

20年前の香港の写真を見つけました。

香港迷朋友No. 1と、旅行を計画していたら弟が参加するといって
三人で出かけた時。返還からまだ2年ほど。このころはよく
香港映画見たり、香港がらみのイベントなんかに参加していました。

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ちょうど、フイルムからデジカメに切り替わったぐらいの頃かもしれません。
この時は、デジカメを弟に持たせていたので、私と友達の後ろ姿が
何枚か写っていました。

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油麻地の生鮮食料品のマーケット。

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油麻地警察署。香港映画でおなじみの場所ばかり。

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「香港製造」みたばっかりだったか、こんなシーンにもワクワクしてました。

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淺水灣で、焼き物飯。

この時のフィルムネガ、どこに行ったんだろう。まだまだたくさん行ったはず。

返還後ではありましたが、こんなのんびりした香港でした。
今や、香港がとても遠くに感じます。

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今日は、飛行場でもデモが集結すると聞きました。
香港人の方々の願いが叶うことを祈ります。






加油 香港

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6月に入って、日本でも香港の報道が多くなりました。

200万人、四人に一人。老若男女、普通の人たちが
これだけの規模でデモに参加する。

その危機感は、画面からひしひしと伝わって来ます。

それでも、暴力に訴えることなく、緊急車両に道を譲り、
周りを気遣い、同朋の悲劇に涙する。

日本でも香港の事情が、だいぶ知られるようになって来たとは思いますが
マスコミは、間違った情報を流すようなことはしないでほしい。


反送中の流れを追った番組を見つけました。わかりやすいです。
台湾の番組のようです。

You Tubeを見ると、台湾がこの問題を取り上げている数が多いようです。
台湾の人々にとっても、明日は我が身。人ごとでは無いのでしょう。

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香港の人たちの民意を反映し、自由な社会を取り戻し、香港が
香港として存続していけるよう、

日本人の一香港迷のとして、正しい目を持ち、発信したい。

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加油、香港!


特朗普って

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しばらく、アップがとどこおってしまいました。

5/14の朝に、雨で濡れた駅構内で滑って手をつき右手首を骨折。
その後、風邪をひいて熱が上がったり下がったり。
席で夜も眠れない。ここまでの疲れが一度に出た感じ。

利き手が不自由だから、自分の動作も遅い。
指が動くので、キーボードは打てるものの、力の入れ方
捻り方で痛むため、力が入らず。
武器が持てないので、道場にも行けず。

そんなこんなで、次の旅の計画が停滞しています。

さて、今週都内は交通規制とヘリコプターの音、してましたね〜。
例の方が、来日。随分とおもてなししたものです。

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3月、新光戯院で見た看板。『粤劇 特朗普』って、トランプさんじゃないですか。
粤劇って、こんな現代劇みたいのもやるんですね〜。びっくり。

この方とかの国の関係が、今微妙なところにありますが、香港の方々は
どう思っているのでしょう。

香港が持っている、対米貿易の利点を失うのではないかという
恐れを抱いているとか、トランプが関税を引き上げたことによって、
シンガポールや香港などに打撃を与えるとか、色々な影響が危惧されています。

しかし、この劇、トランプの生き別れの兄弟が中国で育ち、その目で
中国の現代史を見、イバンカさん、金正恩、毛沢東に江青女史まででてくる。
そしてトランプと再会、という突飛なお話のようにも見えます。


脚本は、香港の有名な風水師の方のようです。

粤劇は米中貿易摩擦の解決の糸口になるのか。

日本人、トランプ来日ぼーっとみてんじゃねーよ、って言われちゃいますね。



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私の香港通いは1990年に始まりました。平成2年7月。初めての香港は
熱気と湿気で包まれていました。

当時は何のカメラを持ってたんだろう。オート一眼レフになるのは
この後だったかと思います。フィルムをスキャンしてもデータは出てこないから
わかんないねえ(笑)。日付が印字されてるところを見るとミノルタのXE-Gでも
なさそうだし。

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香港で色々なものに出会い、驚かされました。日本の常識は、ここでは
常識ではない。それが新鮮で楽しかった。

そしてここにはチープなものから超高級品まで、ギュっと凝縮されて
揃ってる。

ヨーロッパの服や靴、化粧品なんかを知って学んだのも香港でしたね。
当時は20代。背伸びをしたい頃だったんです。

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初香港で買った何枚かのポストカード。当時は出来たばかりのビルがあり
今はなきビルもありますね。

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当時はこんな風に自分で夜景を撮ることができませんでしたから、
記念に買い求めました。

チム側も、随分すっきりしてますね。高層ビルはありませんでした。

そしてこれ。

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公屋というものの存在を知ったのはかなり後のことですが、
これぞ香港と思ってかったのでしょう。窓からまっすぐに張り出た
洗濯物がひしめく風景。私にとって強烈な印象でした。

撮った写真を見ていくと、変わったのは香港だけでなく自分もだと思います。

日曜日に集まるの阿媽さんは変わらずなのにね。

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平成最後のこの時間、あちこちでイベントがあるようですが
私は平成最後の休出を経て、お家で平成の旅をチョコっと振り返ってみました。

平成最初の海外旅は実はオーストラリアだったんですね。
1989年末~1990年始。シドニーの港の見えるビルの屋上のパーティで
花火を見ながら年越し。

当時勤めていたメーカーで、オーストラリア担当をしていた私は
あちらのディストリビューターのGMにすっかりお世話になりました。
今考えると、図々しいというか、恐れ知らずですね〜。
若さとはそういうもんなのかもしれません。

写真の自分を見ると、ソバージュに太い眉、赤い口紅。
いかにもな、OLでした。平野ノラみたい。

それから、今の自分より、ふた回りぐらい細いのでした。

バブリーな感じもしますが、当時は急激な円高で
メーカーはそれほど業績は良くなかったような気がします。

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当時オーストラリアで買った絵葉書。

これは、オーストラリアでは定番。どちらが上かなんてだーれが決めたんだ、
世界の大半を占める北半球なんかに迎合してたまるかっていう
オーストラリア人らしい感覚。

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そして、こちらは人間パレードを見物するペンギンたち。
こちらも、オーストラリア人らしい皮肉ですね。

この後、オーストラリアには1992年に一年近く滞在。
私にとって平成の始まりはオーストラリアだったんですねえ。


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