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転載して多くの方に知らせてください ひとりでも多くの方に読んで頂きたいと思っていますので
人気記事ランキング入りの為に「傑作」「コメント」をいただけると助かります。最終更新:3月13日 19:20
被害の無かった地域の方へ http://blogs.yahoo.co.jp/innocent_world22/2353713.html 随時、情報を追加しますのでこちらをご確認ください。 http://blogs.yahoo.co.jp/innocent_world22/2317201.html 【追加】 デマのチェーンメールが多く出回っています。 http://blogs.yahoo.co.jp/innocent_world22/2366855.html これ以上拡散して不安を煽らないように 【追加】 Google地震情報まとめ http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html 【追加】 誰にでも出来る精神を落ち着かせる方法 一番簡単に出来るのは深呼吸です。 1、2分も深呼吸すれば脳内からセロトニンが出て落ち着く効果があります。 またオレンジジュース、生姜は風邪薬の効果があります。 【追加】 被災地が寒い為に練炭で暖房を取っている方が多いようなのですが、 換気が不十分な為 一酸化炭素中毒で病院に運ばれる方が多いようです。 練炭や煙突の付いていないストーブをお使いの方はくれぐれも換気を心掛けて下さい。 【追加】 放射能汚染について まずは落ち着いて行動すること ●外へは無闇に出ないで下さい ●止むを得なく外出する時は絶対にマスクを着用してください ●なければ、濡れタオルで。 ●肌を出さない。長袖長ズボン。 ●一番は、風下に入らないこと。 ●エアコンの電源は切って下さい 屋内が一番安全です 都内の方は 交通渋滞が起こる可能性があります 緊急車両が走れなくなる可能性がありますので 車にはなるべく乗らないで下さい 食料品について 食料品はナマモノから先に食べてください 火はなるべく使わないでください 火事が起こっても救急車や消防車は来ません 水洗式トイレのタンクの水は唯一汚染されていない水です流さないでください。 湯船の水は汚染されていない水です。 水は貴重です流さないでください ●放射能対策としてのヨウ素の摂取について。 放射線を含むヨウ素をとりこむと、甲状腺に濃縮します。 そのため放射線をふくまないヨウ素を取り入れてください。 放射能を帯びていないヨウ素を先に体内に取り入れて、 放射能が飛んでくる前に甲状腺をヨウ素で飽和させておくことです。 体内に取り込むヨウ素は、一定量以上になると蓄積できずに排泄されるので、 それを利用して放射性ヨウ素の被害を避けることが出来ます。 もちろん、第一の対策は防塵マスクで放射能を体内に入れないことで、 これが最も重要ですが、さらに防御する意味で、日常的にヨウ素を 多く含んだ食品を食べるように意識しつつ、放射能の危険が迫ったら、 間に合うようにヨウ素をとれば有効な訳です。 ヨウ素剤などないでしょうから食品でヨウ素を摂取しましょう 食品でヨウ素をとるなら、副作用の心配はありません。 特に多くヨウ素を含む食品は昆布で、ワカメの4倍くらい多く含んでいます。 普段から、昆布などの海草類をよく食べるようにすると共に、 原発で事故が起こったと知ったら、食べやすいトロロ昆布などを 多めに食べるのが、無理のない、健康的な対策です。 トロロ昆布は、乾いたまま一度にたくさん食べると腸内で 膨張して危険なので、お吸い物などに入れて食べましょう。 「ヨウ素をたくさん含む食品ベスト10」 乾燥昆布一切れ1枚1グラム トロロ昆布大さじ販売1グラム乾燥ワカメ5グラム いわし中2匹96グラム さば1切れ100グラム かつお1切れ100グラム 焼き海苔10枚3グラム ぶり1切れ80グラム 塩鮭1切れ60グラム 寒天1角の半分4グラム 【重要】 今回の地震の件で政府より正式にトラック協会へ 協力依頼が出されました。 物流関係者及び食品製造業の皆様、お力をお貸しください。 一般の方々にお願いいたします。 いち早く救援物資を被災地に届けられるよう 被災地に向かうと思われるトラックや自衛隊を見たら 道をあけてください。 現在、被災地へ向かう自衛隊が一般車両の渋滞により立ち往生しているという情報もあります。 ご協力お願いします。 【追加】 また状況が落ち着くまで現地に行ったり、支援物資を送るのは避けてください! 中越地震では無節操に送られてくる支援物資の為、被災者が毎日徹夜で仕分け作業を行ったり 腐敗したものを報道陣に隠れて処分するなどの事が起こりました。 支援するなら募金で! Yahoo!緊急災害募金 http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1630001/index.html (災害に便乗した募金詐欺が出る可能性があります!募金は信用できる機関で!) 【重要】 一般の方は電話の使用を極力避けてください。 110番、119番がかかりにくくなっています。 安否確認は災害用伝言ダイヤル171番で! 現在、東京電力、東北電力から電気の供給を受けている方は節電を!!! あなたの節電した電気が、病院でのケガの治療に使われます! 【追加】 「火傷したら広がる恐れがあるので、ストッキング履いてる女性はできるだけ脱ぐ。」 「X字の亀裂が入っているとこはすぐに崩壊するから注意!」 グリーンラビットさんありがとうございます 携帯電話で見れる地震・津波警報 携帯電話で見れる地震・津波警報最新版 http://www3.nhk.or.jp/ktokusetsu/jishin0311/ 懐中電灯を照明に 懐中電灯にコンビニのビニール袋をかぶせると 光が拡散してまわりが凄く明るくなります 妊婦の方へ 被災地の妊婦の方へ ご自身が妊娠中であることを自己申告して優先的に救助されてください。 妊娠初期の方は外見からではわかりません。 また、妊婦さんや乳幼児の周りにいる方は、妊婦さんの声を聞いてあげてください。 戦時でも沢山の健康な赤ちゃんが生まれました。 だから安心してください。 絶対に大丈夫です! 寒さを防ぐ方法 ●体のまわりに空気の層を作る (新聞紙を服と服の間に入れる。セーターなど空気を含みやすい服を着て、その上に空気を通さない服、ビニールシート、ゴミ袋などをはおる) ●タオル等で顔、耳、頭など皮膚を露出しないようにする ●首と背中を重点的に暖める 車中泊をされる方へ ●車両は交通の邪魔にならず、津波の心配のない安全なところで ●エコノミー症候群防止のため、水分を十分とり数時間おきに足を動かす運動を ●就寝中、誤ってアクセルを踏むと、急発進やマフラー等の加熱による火災の恐れがあるのでなるべくエンジンは切ってください ●車から逃げる際はキーをつけたままに逃げること 危険勧告 震災時、建物に赤い紙が貼られている場合、 その建物は全壊判定を受けた建物です。 絶対に近づかないでください。 地震酔いの直し方 地震酔いに苦しんでいる方が多いと思います。 地震酔いの際は、目をつむり10秒程度深呼吸を繰り返してください。 口内が乾いている場合は水等を含んでください 【追加】 避難の際は、可能であれば以下を持ち出すように! ●現金 ●身分証明書 ●印鑑・預金通帳・保険証 ●飲料水、非常食 ●携帯電話・充電器 ●家族の写真(家族を探している方はこれがあると便利です) 持ってると便利なもの ゴミ袋(給水時のバケツ代わりやトイレの代わりなどいろいろ便利) サランラップ(皿に巻くと皿を洗う水を節約できる。あと包帯のかわりにもなる) クッション(頭の保護に。あと枕にすると体力が温存できる) 【追加】 風邪薬、解熱剤、ビタミン剤、持病がある人は特にその薬は必ず、 冷えピタやアイスノン、 赤ちゃん用の粉ミルク、ミルクは栄養豊富で、ビタミンも入っています。 ストレスでビタミンが失われるので、風邪も引きやすくなります。 その予防にホットミルクにしたり、料理に入れて活用して下さい。 余裕があれば筆記用具、避難所には医師がたまにしか来れない時も、 いつどんな症状でどんな診断と薬を処方したのか。記録をしたり、何かと活用するようです。 あみさん、まるぷーさんありがとうございます! ■災害用伝言ダイヤルと伝言板 利用エリアに制限あり ・利用方法は「171」をかけるとガイダンスが流れる。 ・そのあと「1」をかけ電話番号を入れる ・一つの伝言あたり30秒の録音ができる。 ・その音声の伝言は48時間保存されます。 ■それを外から聞きたいときは ・「171」をかけたあとに「2」をかける ・被災地の方の電話番号を入れれば音声の再生が可能になります。 ・つながらないと思ったら「171」をかければガイダンスが流れるので使用法を忘れてしまっても大丈夫。 拡散推奨 トイレは簡易トイレで ※震災時は排水管の破損により汚物が溢れ出す二次災害が起こるようです。
ですので簡易トイレの使用が望ましいとの情報を頂きました。 エミリーさんありがとうございます。 簡易トイレの作り方
●便器の中にビニール袋を二重に入れる ●ビニール袋の口の一部を管などに括る ●ビニール袋に新聞紙を入れ、出来れば消毒液等を入れる ●必要に応じてビニール袋を代える 水が出ない場合はこの方法を! 次にすぐに靴を履いてください。 足を切る危険性があります・ 室内でも必ず靴を履いてください。 家を離れるときはブレーカーを落としてください 「通電火災」って言葉知ってますか? 電気はガスや水と違って半日〜3日くらいでかなり復旧します。 一応電力系の会社が各家を回って人がいるのを確かめてから 通電するのが原則らしいのですが、そんなもの不可能なので 勝手に通電されることも多いのです。 で、その時に起こる火事が「通電火災」。 実際、阪神大震災での出火原因の6割は通電火災であるとすら言われています。 それを防止するにはブレーカーを落としちゃえばいいのです。 地震後、家をなにかの用事で離れるときは、それがほんの 短い時間でもブレーカーを落す。 忘れないでくださいね。 連絡はメールで 新潟大地震では、ケータイ電話は通じなかったけど、ケータイ・メールは繋がったらしいです。 メールはパケットだから時間掛かっても届くみたいです。 連絡はケータイ・メールでするのが正解かもしれません。 災害用伝言板
たくさんの転載ありがとうございます。
また情報ありましたら随時追加したいと思います。
他になにかあれば教えてください。
―軽トラ―
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はみだしコメントです。
コメント(3)
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先週の日曜日、92歳の祖母が他界しました。前日までは、いつもの通り生活していたのです。
眠るように、静かに逝ってしまいました。特に病気があったわけでもなく、ただ静かに肉体が寿命を
迎えたようです。
早くに夫を亡くし、父と二人で店を続けた祖母。葬儀には、思った以上に祖母に関わった方たちが
集まっていました。この一週間はいろいろあって、喪失感を感じることが多かったのですが、祖母との
思い出がたくさん蘇り、心に残る葬儀となって本当に良かったと思うことができました。
祖母の葬儀の翌日、今回の大震災がやってきました。関東大震災を経験した祖母。大きな揺れが来て、
茶碗を持ったまま家を飛びだしたという話を聞いたことがありました。もう、怖い思いをしなくていいよと
50年以上も先に逝った祖父が迎えに来たのかもしれないなどと思ってしまいました。
私自身は、会社で地震に会いました。当日は籠城を覚悟しましたが、私のウチの方面に行く都営地下鉄が
夜9時半ごろに運行を開始。赤坂見附から新橋までなんとか徒歩でたどり着き、ウチに帰ることができました。
ウチにたどり着くまで、ケータイでは家族とは連絡がつきませんでした。唯一、会社のメールから母に
送ったメールが届き、返事をもらうことができました。
新橋までの道は、帰宅難民の人達でいっぱい。一般道も渋滞して、バスは運行していたものの、ちっとも
先に進まない様子でした。新橋駅では、帰宅をあきらめた人達が、敷物を敷いて横になっていました。
翌日東京駅では、駅で一夜を過ごした人々が大勢座っておりました。東北新幹線は、運行のめどが
たたず、多くの人達が座り込んでいました。
怖い思いをし、いろいろ不便はあったものの、それでも東北の方々が目の当たりにした恐怖と悲しみは
比べ物にならないでしょう。今まで目にしたことのないような、想像を絶する光景でしたから。
まだまだ余震も続き、事故も続いています。家族に会えない人々、取り残された人々、またこれからの生活の
ことなどを考えると胸が苦しくなります。
この未曽有の大震災においては、まだまだ何が起こるかわからず、被災者の方々にも、日本人にも、
乗り越えなければならない試練がこれからたくさんあると思います。私も日本人の一人として
誇りを持ち、試練を乗り越える手助けができないかと心から思います。
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「龍馬伝」終わりましたね〜。何年ぶりかに、ちゃんと大河ドラマを見ました。
今回の大河ドラマ、映像の色とか人々の顔や着物が、リアルでとってもおもしろかったです。
土佐の下々の人々は日に焼けて真っ黒だったり、兵学校や亀山社中の若者たちの半衿が
汚れて真っ黒だったり、武家のお嬢さんたちの上品な着物とか、一般の人たちの昼夜帯や
紬や絣の着物とか、見てて楽しかったです。おもとちゃんが普段着ていた渋めの色の絞りの
着物とか、お龍さんが結婚後に来ていた青のグラデーションの着物、粋でよかったねえ。
弥太郎さんの貧乏ぶりは三菱の関係者には、大ひんしゅくだったりょうですが。 外圧があったとはいえ、あの閉塞した時代、どうしてこのような柔軟な発想の人が
出てきたのだろうと思うと、奇跡のようにも思います。
何年か前に、高知の従弟の結婚式に出席しました。高知の人達は、ドラマのように、陽気でおおらかで
酒飲みでした。千葉出身の母方の血をひいた従弟はほとんど酒が飲めず、注ぎに回ってきたお酒は
ほとんどお嫁さんが受けていました。
そういえば、長崎のグラバーさん、この方は“ジャーディン・マセソン商会”の代理店として
“グラバー商会”を設立したんですね。ジャーディン・マセソンといえば、香港拠点のイギリス系
コングロマリット。19世紀の東アジアの歴史の陰には、この会社の名前がありました。
もし、龍馬さんが暗殺されずに生きていたら、ジャーディン・マセソン商会とも商売したりしたんでしょうか。
そして、船に乗って香港に行ったり、アジア、インド、ヨーロッパ、アメリカなんかに行ったりしたんでしょうかね。
彼の眼には、世界がどんなふうに移ったことでしょう。
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日曜日にちょっと贅沢なフランス料理のランチに行ってきました。
お誕生日にはまだ一週間ほどありましたが、こんな素敵なデザートが用意されていて、うれしいサプライズ。
お隣のお席の女子会の女の子たちにも、華奢な可愛い蝋燭が立っているケーキが用意されていました。
20代の、まだ社会人になってそんなにたっていなさそうな、初々しい女の子たち。ちょっとおしゃれして
自分のお給料でちょっと背伸びのレストランに行ってみたかったころ。あの頃の揺れる思いをちょっと
思い出して見たりしました。
あれから何年も経ちましたが、自分は変わったような気もするし、変わらないような気もする。
絶品のお料理の後のスイーツを楽しみながら、あの頃の自分にはあまり想像できなかった今の私を
照れくさいような、誇らしいような、濃厚なスイーツの中の甘酸っぱいフルーツシャーベットのような
気持ちを、ほんのひと時感じていました。
銀座 La Tourにて。多謝、阿雅!
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