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片桐は出張から帰宅するなりタケシを呼び出した。
「ちょっと今晩メシでも一緒にいかないか?」
タケシはたまにこういった片桐の誘いに応じていた。 「いいですよ。僕も丁度社長にいろいろと報告したかったんです」
片桐の好きな「串カツ屋」に二人で出向いた。 ここは普通の下町にあるようなギトギトした「串カツ屋」ではなく、とても高級な店だった。 店に入ると店内は串カツ屋らしからぬ清潔で上品な雰囲気に包まれている。串揚げと言った方がよいか。 着席すると飲み物のオーダーだけを聞かれて、あとは何も言わなくても次々と前菜や料理、串揚げの合間にスープや漬物などさっぱりしたものが運ばれてくる。 客の食べるスピードを見ながら揚げたてを運んで来てくれるのでお皿の上が串揚げで渋滞するようなこともない。
もういらないと思ったらストップをかける。また串揚げに少し細工が施してあって、見た目にも美しい。
そういう店だった。 タケシはよく片桐にこういった高級店と呼ばれる店に連れて来てもらっていた。
今年27歳になるタケシは串カツをほおばっていた。一方片桐はなぜかあまり食が進まないようだ。
「あれ?社長、食べないんですか?」
「ああ、ちょっと気がかりなことがあってな。あのさ、タケシちょっと聞きたいことがあるんだが。」
片桐がこんな風に言うときは決まって何か問題があるときだ。 「近藤のこと、どう思う?」 タケシはこの急な質問にどう対処しようかと思った。
片桐の実の弟、近藤と言えば「女たらし」で有名なことくらいタケシも知っている。 しかし、そんな本当のことを言うつもりはなかったので 「仕事ができる素敵な男性だと思います。」 と言った。
片桐はそんな当たり障りのないタケシの回答を右から左へ小さな含み笑いと共に受け流したあと、今回の出張時の近藤と小谷のただならぬ雰囲気のことをタケシに伝えた。
タケシは冷静を装ってはいたが、気持ちは相当揺らいでいた。 好きな小谷を近藤みたいな女たらしに絶対に渡したくない。そう思った。 片桐の気持としては、これ以上もう近藤に仕事の邪魔をされたくない。 それに小谷は将来を期待している有望株。なのにそれを近藤にぶち壊されるのはまっぴらごめんだ。プライベートと仕事のことはこれはまた別問題。女遊びをやるなら外でやってくれという気持ちだった。 ということで二人の意見は一致した。「あの二人の仲を壊す」ということで。 つづく。
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「ええ!?ほんとですか?とても嬉しいです。ありがとうございます。私一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします。」
佳子は電話なのに深々と頭を下げていた。 それは採用決定の電話だった。
たった1社しか応募しなかったのにそれに採用が決まるなんて佳子は運命的なものを感じずにはいられなかった。 「近藤さん・・・」
佳子は面接に遅れそうなとき、偶然近藤に道を尋ねて、それ以来いつかもう一度近藤と会いたいと思っていた。
就職も決まったし、なにより近藤とまた会える。
すっかり近藤のことで頭がいっぱいになってしまっていた。
年明け早々の入社が決まり、佳子は新しい職場で1日も早く仕事ができるようになりたいと意欲的に覚えて行った。そしてこのときの教育係をタケシがかって出ていたのである。 物怖じせず、人当たりのよい佳子を事務はもちろん、対外的にも積極的に取引先や会社にとって重要な人物と会わせるなどしてゆくゆくはタケシの次にこの会社にはなくてはならないような存在に育てあげたいとタケシもそして片桐も考えていた。 そしてこの会社は営業が月に1度週末に3日間くらい地方に出張にいく。 佳子はこれにも同行するように会社が言い渡した。他の事務員ではありえないことだったが、好奇心旺盛な佳子は嫌な顔ひとつせず、ちょっとした旅行気分で浮かれていた。 というかこの出張にはもちろん近藤も行く。佳子にとってはこちらの方がメインなのかも知れない。
出張中の佳子の仕事は事務作業を手伝うことだった。
そして近藤と四六時中一緒に行動を共にする、ということ。二人の仲は一気に縮まっていった。 近藤は女たらしで有名だということを何も知らない小谷はどんどんとその危ない近藤の魅力に惹きこまれて行った。 出張も終わる頃には
「小谷さん、この出張が終わったら一緒に食事にでも行かない?美味しい鉄板焼きのお店があるんだ。ほら、会社の近くのホテルの中にあるあのお店。」
「ええ?あの高級なお店ですか!?嬉しい。是非連れて行ってください!!」
佳子は有頂天だった。 ・・・しかし、そんな二人のほほえましいやりとりに冷たい視線を投げかける男が少し離れた場所にいた。
片桐はこの二人の関係を見逃してはいなかった。 つづく。 |
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時間ギリギリに到着した佳子は入り口前で薄手のコートを脱ぎ衣服や髪をさっと整えて元気よく扉を開けて元気よく挨拶をした。
「はじめまして。本日18時からの面接に伺いました小谷佳子と申します。」
一人の事務員が 「おまちしておりました。」 と対応してくれたが、あいにく応接室は来客中のようだった。 すると奥から小走りにこの事務所の課長、そうタケシが出てきたのである。 「どうも小谷さん。先日お電話差し上げました山城タケシです。」
タケシは佳子に名刺を渡した。 「今ちょっと急な来客で応接室が使用中で申し訳ありませんがそこで、いいですか?」
タケシがバツ悪そうに向けた視線の先には受付スペースの前に来客時にほんの数分間待つ間に座るだけのパイプイスが2脚並べられていた。
「私はお話ができればどこでも大丈夫ですよ。」
佳子はこぼれるような笑顔で答えた。 タケシはその笑顔に惹き込まれた。 佳子は身長が170cmくらいはあるだろうかパンツスーツがよく似合っていた。細見で華奢な手首にはわりと豪華な腕時計がよく栄えていた。
そして仲良く二人パイプイスに並んで形どおりの面接が始まった。
接客業しかやったことのない佳子だったが逆にその明るい受け答えや、堅苦しさを感じさせないが決して無礼だとは思わせない佳子の面接態度にタケシは一緒に働きたいと思った。 少し、いや、かなり一目惚れに近いような状態だった。 ハッキリ言うと佳子はタケシの好みの女性だった。 今回の募集の応募者数は採用予定2人に対して60人以上とまあまあ多い人数だった。
やはり求人の出し方ひとつで反応は違うものだ。 ということで誰を採用するかタケシは悩んでいた。 ・・・違う。
誰を採用するか悩んでいたのではなく、どうやって佳子を採用させようかと悩んでいたのである。
いくら事務を任されているタケシといえどやはり片桐の決裁が必要だ。 と、頭を悩ませているとタケシ宛に1通のハガキが届いた。
「誰からだ?」
丁寧に書かれたとても女性らしいきれいな文字がそこには並んでいた。 差出人を見ると 小谷佳子
とあった。
礼状だ。 先日の面接に対するお礼と、是非とも力になりたいという佳子の思いが綴られていた。
すると片桐が
「どうだ?採用の方は。ん?それは?」 すかさずタケシが手に持っていたハガキを片桐は見逃さなかった。
タケシはハガキを片桐に渡した。
「よし、この子を採用しよう!!」
片桐は言い切った。 驚いたタケシは 「え?社長、まだ彼女の履歴書、お見せしてませんよ!?」 「そんなもの見なくていい。オレはこういう積極的な子が欲しいんだ。」
さすが片桐は動物的直感が鋭い。経営者にとってなくてはならない才能である。 「それにタケシももう、面接時にこの子のセンス、解っていただろう?」
片桐はタケシの気持ちを知ってか知らずかこう言った。 「僕も社長と同意見です!早速採用決定の電話をします。」 佳子は今回のこの小さな事務所の応募者の中で唯一お礼のハガキを出していたのである。それも面接の帰りにコンビニへ寄ってハガキを数枚、失敗しても書き直せるように購入し、その夜に気持ちをしたため、翌日ポストに投函したのである。 タケシは胸躍らせながら佳子に採用決定を知らせるために受話器を上げた。
つづく
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その男は嬉しそうに片桐に話した。
「次の富山出張のアポ、沢山とれてます!」
片桐の重い雰囲気とは正反対のあっけらかんとした、しかし声が低くどこか色気のある美しいこの男の名前は
近藤 敦
そしてこれは本名ではない。本名は
片桐 敦
そう、4つ年下の片桐聡の弟だ。片桐と同じ名前だと会社でややこしいので仕事用の名前は「近藤敦」ということにしている。 「そ、そうか。頑張って今回の出張の目標達成してくれよ。」
片桐は調子狂ったように近藤に答えた。 そして弟、近藤の存在は片桐のもう一つの悩みのタネでもあった。
近藤は高校を卒業してからこのテレアポ業界一筋のスゴ腕営業マン。片桐がこの会社を立ち上げたときに役員部長として引っ張ってきたのだ。 この世界は厳しく、売り上げを上げなければ即退場である。 そんな過酷な営業の世界で36歳のいままでやってこれたのはやはり近藤の営業センスと努力の賜物だろう。 しかし、「英雄色を好む」という言葉があるように、かなりの女好きでどうにも女癖が悪い。 つい最近2度目の離婚をしたばかりで離婚する前から付き合っていた女性が最近になって妊娠していることがわかったのだが、また他の別の女性にも手を出している。
会社に被害者らしき女性からの大量の怨念のこもったFAXが受信されてきたこともあった。
「私は近藤敦にもて遊ばれました」とか 「近藤敦にひどい目にあわされました」等等。 また別の女性の両親が会社に来たこともあった。
「ウチの娘がおたくの部長さんの近藤敦さんと結婚の約束をしたのに連絡がとれないと」 とにかく近藤はよくモテる。本当にモテる。女がほおっておかないのだ。まるで砂糖に群がるアリのように・・・。 次から次へと女性問題を起こす近藤だが会社にとってはなくてはならない存在であることは確かだ。部下からも慕われており人をまとめる能力もある。そして何より会社に売り上げという潤いをもたらしてくれる。
近藤の天性の才能と技術には頭が下がる思いの片桐にとってこれは弁慶の泣き所である。
同じ腹から出てきた兄弟でこうも性格が違うのもまた珍しい。 「オレはこれから約束があるから出かける。あとは頼むよ」
片桐はそういい残すと会社を出た。
数日後。
佳子は少し焦っていた。面接の時間に遅れそうなのだ。 「もう!アフロったら玄関でそそうしちゃうから!!」
佳子の飼い犬がなにやらやらかしたようで、大事な面接の時間ぎりぎりに到着しそうなのである。
「えーっと、駅を上がったらスグなんだけどな・・・。」
佳子はあたりをきょろきょろと見回したがどれも同じようなビルばかりで遅刻しそうで気持ちも焦っているので目的地がわからない。
空模様は今にも泣き出しそうな灰色をしている。 「どうしよう!?あ、あの人に聞いてみよう!すみません、このビルに行きたいんですけど。」
「はい?ああ!この会社僕の会社ですよ。ここから3つ目のビルです。あの電光掲示板が見えるでしょ?ひょっとして事務の面接の人?」
佳子の顔を覗き込む男性それは近藤だった。 佳子は近藤の低く優しい響きの声に魅了された。やはり近藤には女性を惹きつける何かがあるらしい。
「え?この会社の方なんですか?」
びっくりしている佳子に近藤は
「ああ。営業の方を任されている近藤と言います。」
「私、小谷佳子と申します。事務経験は無いんですけど一生懸命頑張りますので是非お願いします!」 佳子もかなり前のめりになってしまっている。
「ははは。僕は営業の責任者だから直接事務とは関係ないんだけど、こんなかわいい人が事務員さんで毎日会社に居てくれたら嬉しいな。面接がんばってね。」 「はい!ありがとうとございます。」
佳子は深々とお辞儀すると喜び勇んで近藤が教えてくれたビルに走って行った。
やがて雨が降ってきた。まるで二人の出会いを悲しんでいるかのように。
つづく
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「ああ、そうか解った。じゃあ18時くらいにいつもの喫茶店で。」
そう言ってスラリと伸びた、しなやかな指で片桐聡は携帯を閉じた。
片桐聡がひいきにしている高級クラブのホステスとの今日の同伴の約束の電話だ。
まだ40才になったばかりの片桐聡。身長は180cmを超え痩せ型で印象は少し暗く重い。しかし世間から見ると間違いなく成功者だ。何を持って成功者だと言うのかは人それぞれの価値観があるので思うところが違うかも知れないが金を持っている。そういう意味での成功者だ。 そして片桐にはよく出来た嫁さんもいて子供も女1男1、いわゆる一姫二太郎で幸せな毎日を送っている。
しかし早くに母親を癌で亡くした片桐は遊び相手にも年上女性を求める傾向が少し強かった。いわゆるマザコンだ。 そして片桐が一代でここまでのし上がってくるのにはこの母親の協力なくしてできたことではなかった。 元々片桐の父は建設関係の会社を経営しており、80年代のバブル期に不動産投資に手を出し、バブルがはじけてどうにも首が回らなくなってしまい会社の倒産、破産を経験している。
しかし母親の方は地味に喫茶店を営みながら裏で金貸業をやっていたのである。 金貸しと聞くと派手でエゲツナイように思われることが多いが、実際はものすごく地味な仕事のようだ。片桐もこの母親の仕事を手伝っていた時期が少しある。 通常、金のある人間が金を借りることはあまりない。ということで金を借りる人間はあまり金を持っていない人間。ということになる。
特に飲食店などを細々と経営しているようなところは毎月の仕入れの支払いだけでも大変だ。
片桐の母はとても頭がよかった。やり方としては返済時に何%かの金利分をもらうことを条件に現金を貸し付けその時にその店の合鍵も預かることを条件とするのである。そしてこの合鍵を使って毎朝その店に入り中の植木の下の1万円ないし5千円札を持ち帰るのである。
スナックなどの飲食店をしていると日銭は少しだがよほど「ぼうず」でも無い限り店を閉める頃には少しの現金が手元に残っている。その内の少しを返済に充てさせるのだ。 これでとりっぱぐれを防いでいたのである。昔の片桐の仕事はこの毎朝の回収係だった。 じゃらじゃらと看守のようにいくつもの形の違うカギの束を持って静まり返った早朝に回収に向かう。植木や置物の下に置かれている1枚の札を拾い上げるたびに片桐は借りて行った人たちの人生やその札の重みについていつも考えていた。
ひとつ会社と呼べるまともなところにも片桐の母は貸し付けていた。相手にとって好条件で貸す。その代わりに自分の息子を会社に入れてやってくれと交換条件を出した。いわゆる投資のような貸付である。
母は長男の片桐に継がすはずだった父親の会社が倒産してしまい申し訳なく思ったのである。 片桐はその会社で今の成功ともいえるノウハウを身につけた。 どれもこれも母親のおかげだ。 「どうして、どうしてオレにとってはろくでもないオヤジが癌で死なないで母親が先に死ぬんだ。どうしてだ。」
片桐にとって死んでしまった母は今でもとてつもなく大きな存在である。
そして医者から処方してもらっている抗うつ剤を口に含み栄養ドリンクで流し込んだとき誰かが社長室に入ってきた。
「社長!」
少し片桐に似た雰囲気の長身で口元にヒゲを蓄えた、それにしてはまだ若いような男だった。
つづく |




