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今回紹介する兵隊盃は、大正4年に朝鮮の龍山にて編成された。野砲兵第26連隊の盃を紹介。
大正4年、主に大阪・福岡出身者で編成された部隊である。
初陣は、昭和6年の満州事変の際連隊主力が、第39混成旅団砲兵として参加している。
その後、支那事変に動員。昭和15年に、復員。
昭和17年に、南東派遣に備え、装備を山砲に改編。一路、熱帯の地ニューギニアへ。
昭和19年、米軍の上陸に伴い激闘を繰り広げることになる。
昭和20年7月、上級部隊である第20師団のもと第18軍貴下の第41師団・第51師団と共に総攻撃を
かけるが大敗、後退することになる。そして終戦を迎えることになったが、生存者は、約100名であっ
た。
参考文献
日本陸軍兵科連隊 新人物往来社 1994
陸軍師団総覧 新人物往来社 2000
盃には、陸軍の☆のマークがエンボス加工された美しい盃である。盃が、グリーンなのも美しい。
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兵隊盃・砲兵編
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今回紹介する兵隊盃は、昭和13年に兵庫県姫路で編成された。野砲兵第23連隊の盃を紹介。
昭和13年に編成された野砲兵第23連隊は、支那事変の拡大により再編成された部隊である(第2次編成)
最初の編成は、日露戦争勃発時で広島で編成その後、岡山に新兵舎が完成した後、岡山に移駐。大正4年には満州に駐屯。大正14年に宇垣軍縮で廃止になっている。
昭和13年、再編成。編成後、武漢攻略作戦に参加。
昭和16年、河南作戦に参加。
昭和18年、南方に抽出。兵器も野砲から山砲に換装。南方のブーゲンビル島、ラバウル、ニューブリテン島などの防衛につく。その後、米軍上陸に伴う激闘の末終戦を迎えている。
参考文献「日本陸軍兵科連隊」1994 新人物往来社
盃には、94式山砲と思わしきものが描かれた美しい盃である。
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今回紹介する兵隊盃は、明治29年に石川県金沢で編成された山砲兵第9連隊の盃を紹介。 |
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今回紹介する兵隊盃は、兵庫県姫路で編成された野砲兵第10連隊の盃を紹介。 |
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今回紹介する兵隊盃は、福岡県久留米で編成された、野砲兵第24連隊の盃を紹介。 |







