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今回紹介する兵隊盃は、明治38年に栃木県宇都宮で編成された。歩兵第59連隊の盃を紹介。
日露戦争の際に、兵力増強のため編成されたのが歩兵第59連隊である。編成後ただちに戦闘
に参加するべく、大陸に渡ったが停戦。朝鮮の京城(ソウル)の守備に就くことになる。その後、
明治40年に内地に帰還。翌年、第14師団に編入されることになる。
大正8年より1年半、シベリアに出兵。
昭和2年に満州に駐留。昭和7年の第1次上海事変に参加。その後、関東軍の指揮下に入り多
くの戦闘に参加し、昭和9年に内地に帰還。
昭和12年の日中戦争勃発後は、再び大陸に渡り徐州会戦などの多くの作戦に参加している。
昭和14年に、内地に帰還。昭和15年に、再び満州へ渡り警備に就くことになる。
昭和19年、大東亜戦争の戦局悪化に伴い、南方作戦に抽出。南方パラオ諸島の防衛の任務
につくこととなる。サイパン・グアムが相次いで玉砕が伝えられ、パラオへの空襲が激化、ペリ
リュー島の激戦と共に、歩兵第59連隊主力が防衛している。パラオ諸島コロール島等での激戦
を繰り広げたが、飢餓との戦いもあり多くの犠牲を出し終戦を迎えることとなった。
盃には、陸軍の☆のマークが描かれ、切手のようなものが描かれている。中央に野砲・38式歩
兵銃・連隊旗が描かれ、上部に第14師団記念・下部に歩兵第59連隊と書かれている。又、切
手のような点としては、3銭の数字が書かれている点である。記念切手が発行されたかどうか
は、不明であるが非常に面白い盃である。
参考文献
「地域別 日本陸軍連隊総覧」 新人物往来社 1996
「陸軍師団総覧」 新人物往来社 2000
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兵隊盃・歩兵編
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歩兵の兵隊盃を紹介しています。
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今回紹介する兵隊盃は、明治38年に山梨県甲府で編成された、歩兵第49連隊の盃を紹介。
日露戦争末期に、新たに新編成された4個師団(第13〜第16師団)のうちの第13師団に所属
する部隊として新設された部隊である。編成後、樺太(サハリン)占領に向かい占領、ロシアと
のポーツマツ講和条約により南樺太は日本領になることになった。
明治40年、第1師団に移り山梨県甲府に常駐。
第1次世界大戦では、第1中隊が青島守備についている。
昭和8年から昭和9年には、中国北部に派遣。
昭和11年には、2.26事件の鎮圧に東京に出動している。
昭和11年10月、満州に移駐。北部満州及び北安に移動。ソ連国境の警備にあたる。
その後、ノモンハン事変にも速射砲隊が参加し、奮闘している。
昭和19年第3大隊約600名が、グアムに派遣。上陸後、米軍と交戦することになりほぼ全滅。
全滅と前後し連隊主力は、フィリピン・レイテ島に転出。
昭和19年11月より米軍との激戦が繰り広げられることとなるが、終戦まで激戦が繰り広げられ
ることとなった。
盃は、美しい連隊旗が描かれた美しい盃である。
参考文献
「地域別 日本陸軍連隊総覧 歩兵編」 新人物往来社 1990
「陸軍師団総覧」 新人物往来社 2000
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今回紹介する兵隊盃は、明治31年に兵庫県姫路で編成された歩兵第39連隊の盃を紹介。
主な戦歴は、過去の記事を参照↓
盃には、連隊旗と日章旗が描かれたシンプルな盃である。
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今回紹介する兵隊盃は、明治19年に愛媛県松山で編成された。歩兵第22連隊の盃を紹介。
主な戦歴は、過去の記事を参照↓
盃には、陸軍の☆のマークが描かれた、非常にシンプルな盃である。ブルーの盃が美しい。
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今回紹介する兵隊盃は、福岡県久留米で編成された歩兵第48連隊の盃を紹介。
主な戦歴は、過去の記事を参照↓
盃には、桜の花と共に連隊旗が描かれた美しい盃である。
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