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真理の認識と伝達
(1) はじめに
宗教家、哲学者、科学者は真理を探究し自分が真理と思うものを広めようと努力している。その様子を自覚的に認識してみよう。
(2) 宗教的真理
宗教的真理の場合は真理を認識するのは主に教祖だけである。もちろん信者が神秘体験して教祖のいうところの真理を追体験することもある。しかし、万人が真理を追体験することはなく、信仰心に訴えてくる。
宗教では教祖は霊能力を持っていて、それは凡人には不可能な認識力である。宗教的真理を伝達するのは、生まれつきの盲目な人に、桜のきれいさを伝えようとするに等しい。いくら言葉を連ねても追体験はできない。
主に、宗教的真理はあの世を対象とする。教祖はあの世を認識できる稀な人である。凡人は教祖の言うあの世を信じて満足する。それは、実証を要求するのではなく、信仰心でもって受け入れる。
(3) 哲学的真理
哲学的真理とは、先ずは何が真理かを問題とする。「見えたとおりに物がある」ということも疑う。見るとはどういうことなのかとか、認識するとはどういうことかを考察する。もっと言えば、論理的思考の前提を疑って、正しい論理とはなんだろうかと考察する。
科学では暗黙の前提として扱われている論理を疑うのである。哲学の一つの分野として、諸学問の基礎付けというのがある。数学や物理学、心理学、社会学の基礎を哲学的に考察してその土台を強固なものにしようとするのである。
現代は科学が急速に発達しているので科学のもっている暗黙の前提は放置されている。そして、生命や精神を現代科学の論理では捉えることができないことが見過ごされ、それらを唯物論的に捉えようとしている。
それで、現代の急務は生命や精神を扱える論理を探すと言う哲学的課題、さらにはそれを数学的に表現し、生命や精神を扱う数学を応用する科学を構築することだと思う。いわば、観念論の科学の構築が現代の課題だと思う。
(4) 科学的真理
科学的真理とは理論があってそれから実験結果を予測し実験が理論どおりになればその理論は真理であると言う、実証精神を貫いた真理認識である。この実証精神が科学の成功の基である。ガリレイ以前は実験による実証と言うものは軽視されていた。実証精神が強くなったガリレイ、ニュートン以降科学が急速に進歩し始めて今に至っている。
しかし、実証できないのは全て誤っているという考え方は誤っていると思う。先ほど述べた、生命や精神を現代科学は扱うことはできない。現代科学が扱えるのは「物」だけである。唯物論は誤謬なのである。
(5) 真理の認識方法
宗教的真理の認識は先天的なものであり、万人が認識できるものではないので、万人に通用する方法論というものはない。
哲学的真理の認識方法はヘーゲルの方法があって、弁証法と呼ばれている。自己否定しながら心を深く掘っていくという方法である。これが、ある段階まで行くと、自分が宇宙の創造神から分かれてきたということが自覚できる。これはヘーゲルは絶対精神と呼んだ神のことである。私はそれを宇宙の進化する意志と呼んでいる。
科学的真理は理論を立てて、実験結果を予測し、実験でその通りになるかどうかで理論が真理かどうかを判別する方法で発見されていく。
(6) 真理の伝達方法
古代ギリシャ哲学以来真理は言語で表現されていた。しかし、自然の真理は数学で表されると考えたのがデカルトである。それは、ガリレイにも引き継がれニュートンで完成した。
また、アリストテレスは数学を好まなかったが、19世紀にブールがアリストテレスの論理学の数学的表現に成功し、それがデジタル論理の数学表現に応用され現代コンピュータの数学的原理となっている。現代のデジタルコンピュータもアリストテレスの恩恵を受けているのである。しかし、デジタル論理は唯物的で、生命や精神は扱えない。
私の見地では、ヘーゲルの弁証法の数学化に成功すれば生命や精神を数学的に扱うのが可能になるのではないかと思う。
(7) 説明とは何か
人間は自分の思っていること、想起している内容をテレパシーで直接他人に伝えることができない。それで、思っていることを言語で表現する。しかし、100%自分の思っていることを表現するのは困難である。
真理を認識したとしてそれを他人に伝えるには、他人が熟知した観念内容を用いなければならない。真理は単純であり自分の心の中では一瞬でイメージできる。しかし、それを他人に伝える場合は多数の言葉で表現しなければ伝わらない。自分の真理を分化させて他人の熟知した観念まで降ろしていって、それを組み合わせていって高次の観念を想起させるということをしなければならない。
また、言葉というものは恣意的なものなので、言葉を一つひとつ定義していかなければならない。
ヘーゲルは数学では真理を表現できないと考えていたようだが、それは、そのときの数学であり、新しく数学を開発すればヘーゲル哲学の弁証法的発展の数学化も可能だと思う。
数学は定義を厳密にするので、真理の客観的表現も完璧に近くなると思う。
(8) まとめ
生命や精神の真理を認識する方法は、弁証法であり、物の真理を認識する方法は理論造りと実験である。
真理の伝達方法は現代科学では数学が用いられ、ヘーゲル哲学はドイツ語で表された。しかし、より真理を客観的に表現しようとするならばヘーゲル哲学の数学的表現が要求される。
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宇宙は合理性を志向して進化していると考えます。これを神と言っても良いかも知れません。宇宙が開発した合理性の表現(ルール)には数学や言語、記号など人間が考えた出した方法で記述しようとしています。これらの方法はかなり有効で、実用的です。しかし遠い未来や複雑系での予測には使えません。
2008/7/21(月) 午後 3:36 [ ame**34 ]