第三段落前半:純粋経験の性質 さて、かく我々に直接であって、すべての精神現象の原因である純粋経験とはいかなるものであるか。これより少しくその性質を考えてみよう。 まず純粋経験は単純であるか、はた複雑であるかの問題が起こってくる。 直下の純粋経験であっても、これが過去の経験の構成せられたものであるとか、また後似てこれを単一なる要素に分析できるとかいう点より見れば、複雑といってもよかろう。しかし、純粋経験はいかに複雑であっても、その瞬間においては、いつも単純なる一事実である。 たとい過去の意識の再現であっても、現在の意識中に統一せられ、これが一要素となって、新たなる意味を得た時には、すでに過去の意識と同一といわれぬ。 これと同じく、現在の意識を分析した時にも、その分析せられたものはもはや現在の意識と同一ではない。 純粋経験の上から見ればすべてが種別的であって、その場合ごとに、単純で、独創的であるのである。 [考察]
みかんを見たときの例 みかんを見たとき、色、形、固さ、味、においなど様々な感覚がみかんから得られる。これらの要素が統一されてみかんという「純粋経験」が与えられる。純粋経験が多様な感覚から得られるという意味では、純粋経験は複雑である。しかし、「みかん」という単純な一事実の経験という意味では純粋経験は単純である。 みかんを親戚に送ろうと考えているときに、過去のみかんの純粋経験が記憶として再現される。しかし、過去の記憶は純粋経験ではない。みかんを親戚に送ろうというのが純粋経験であり、過去のみかんの経験は、みかんを親戚に送ろうという純粋経験に統一されたことになる。過去のみかんの経験は、純粋経験ではなくみかんを親戚に送ろうという純粋経験に統合されて「意味」となる。 |
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