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論理とは何か
(1) はじめに
論理とは実在する精神の運動です。精神は高次元の空間にあります。しかし、3次元空間にあるのは、素粒子のみです。素粒子は、高次元の精神が分化してできた最低次の精神です。
(2) 内包関係
三次元空間では素粒子、陽子・中性子、原子核・電子、原子、分子、高分子、たんぱく質、単細胞生物、多細胞生物、・・・・哺乳類、人間、家族、市民、社会というように内包関係があります。
つまり、陽子・中性子はクォーク〔素粒子〕からできており、原子は原子核・電子からできており・・・市民は家族からできているというふうにです。
この内包関係は余剰次元にある生命場や精神場の反映です。例えば、高次元に哺乳類のイデア(生命場)があったとします。それは、種種の動物に分化します。そして、動物を構成している内臓、細胞に分化して最後は素粒子に分化します。素粒子に分化してはじめて3次元空間に出現します。図の通りです。
(3) 論理とは何か
論理には三段論法があります。「ソクラテスは人間である」「人間は必ず死ぬ」「したがってソクラテスは必ず死ぬ」と言う論法です。これは、ソクラテスは人間に含まれる。人間は死ぬものに含まれる。したがってソクラテスは死ぬものに含まれるという内包関係を現したものです。これが、論理の代表的なものです。
(4) 結論
論理の源泉は余剰次元の構造にあります。余剰次元では高次なものが分化して低次なものができる。分化の最終段階が素粒子であり、その段階で初めて3次元空間に出現できる。また、この包含関係は生命場や精神場の統合力の作用の方向に一致している。
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jyuudou3104さん お久しぶりです。D・ボームの本をやっと読み終えたところです。改めてjyuudou3104さんの論旨を見ると大分重なっているように思えます。D・ボームの考え方との違いは何処にあるのですか。
2007/7/5(木) 午後 6:15 [ ame**34 ]
ameni34さん。御指摘ありがとうございます。読んだ本は「全体性と内蔵秩序」でしょうか。読んだことが無いのでなんとも言えません。しかし、ボームが高次元理論を主張したとは聞いたことがないのでそこが違うと思います。私のアイデアは超ひも理論の高次元理論と、ヘーゲル、西田から来ています。また、ボームも参考に読んで見たいと思います。
2007/7/7(土) 午前 2:19 [ jyu*do*3104 ]
D・ボームの多次元は超ヒモ理論での11次元とは違い、多粒子系での状態空間の多次元を考えているようです。階層の次元と言ったら良いのでしょうか。
2007/7/13(金) 午後 2:05 [ ame**34 ]