宇宙創造の秘密

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意識の統一とは何か

意識の統一とは何か
(1) はじめに
 西田幾多郎は「善の研究」の中で、「純粋経験の本質は具体的意識の厳密な統一にある」という趣旨の発言をしている。しかし「統一」とは何かは不明確である。そこで、意識の統一とは何かを考察してみよう。統一には主に「概念形成の統一力」と「目的実現の統一力」がある。


(2) 概念形成の統一力
 概念とは多数の個物を内包する普遍的観念のことである。同じ性質を持ったものに名前を付けてひとまとまりのものとみなすのである。
 概念形成の過程を説明しよう。

 みかんという概念は色、形、味が共通するものをまとめて形成される。さまざまな経験の中から共通する属性を持ったものを抽象して概念を形成する。すなわち、黄色くて丸くて、ある程度柔らかくて、甘酸っぱいものをみかんと呼んでいる。

 一般に共通の属性を持っているものをまとめ上げて名前を付けて概念を構成する。しかし、それは人間が勝手にやるのではなく概念の力による。類似の観念には結合しようという力が働く。みかんという概念形成にも色、形、味が同じものを結合してできている。結合は人為的なものではなくて観念の法則によるものである。観念の自発的結合は意識統一といえる。したがって、概念形成における意識統一は純粋経験である。

 概念形成における人間の努力は、個人的意志を否定して観念の自由運動を促進することである。
 これは、表象的経験といえる。それで、西田は表象的経験も純粋経験であると言っている。

(3) 目的実現における統一

 野球の試合で勝とうとするとき意識は集中・統一されている。このとき「勝つ」という目的に全意識が投入され個人的自己は否定されている。

 意識の頂点に「勝つ」という目的があってその下位に勝つための手段があり、さらにその下位にその手段があるというように目的―手段の体系ができる。意識が統一されるというのは、下位の目的が上位の目的に従うということである。すなわち、野球に勝つという目的の体系に厳密な意識統一が作用しているのである。したがって、目的実現の経験は純粋経験である。
 
(4) 知覚的経験における統一
 一般に知覚とは五感から入ってきた感覚に記憶や思考を差し挟んだものである。すると
、一切の思考を差し挟まない経験が純粋経験であるという純粋経験の最初の定義と矛盾する。しかし、具体的意識の厳密なる統一が純粋経験であるという定義に則って、「知覚の背後に統一力が働いていることから、知覚も純粋経験に含ませる。

 知覚の背後の統一力とは何だろう。人間は普通知覚の対象を認識して知覚作用は認識しない。知覚の背後の統一力とは何かを考えようとしたら認識論を展開しないといけない。知覚の主体はなにか、知覚内容はどのように構成されるかを考えないといけないので今は困難なので保留にしておこう。

純粋経験第4段落4

 この点は知覚的経験においても、表象的経験においても同一である。表象の体系が自ら発展するときは、全体がただちに純粋経験である。ゲーテが夢の中で直覚的に詩を作ったというごときはその一例である。
 あるいは知覚的経験では、注意が外物から支配せられるので、意識の統一とはいえないように思われるかもしれない。しかし、知覚的活動の背後にも、やはり或る無意識的統一が働いていなければならぬ。注意はこれによりて導かれるのである。

[考察]
 西田幾多郎は、純粋経験を一切の思考を差し挟まないあるがままの経験と定義したのにもかかわらず、知覚を純粋経験とするのには、「知覚的活動の背後に無意識的統一があるから」と定義をずらしている。

意識の運動形式

意識の運動形式
(1) はじめに
 意識の運動といってもピンとこない人が多いと思う。しかし、心理学者や哲学者は意識、無意識を研究してきた。その中で、私が最も気に入っているのは西田幾多郎である。
 そこで、西田幾多郎の「善の研究」を参考に意識の運動形式を考察したいと思う。

(2) 意識は発展する体系である
 ウイリアム・ジェームズは、意識を五感からのばらばらな感覚要素の集まりからできていると考えた。一方西田は意識を「発展する統一された体系」であると考えた。西田は、それが一切の思考を差し挟まない時「純粋経験」と呼んでいる。一個人の中には純粋経験は無数にある。
 「意識の体系の背後にこの体系を統一する力が働いている」と西田は言う。これを私は意識の統一力を持った精神場と呼びたい。また、「背後」という呼び方は意識を支えている意識の奥深くにある無意識の意味だと思うが、現代物理学では意味不明である。それを、私は超弦理論における4次元時空を超えた余剰次元だと考えたい。この意識が矛盾なく分化発展しているときが純粋経験である。そのときは、経験は無意識である。

(3)純粋経験の「破れ」と「意味・判断」
一個人の中で複数の純粋経験が衝突したとき純粋経験は破れ「意味」が生じる。例えば、「赤い花」を見た時の純粋経験はただ「赤」である。「私が花を見ている」とか「花が赤い」とか思う以前の経験である。そこへ過去の意識が入り込んでこれはなんという花でありどのような性質をもった植物なのかという反省が入ってきて過去の意識即ち大きな意識体系の純粋経験の中に、現在の小さな意識体系即ち「赤い花」の純粋経験が位置づけられてこの花の意味(即ち他との関係)が生じる。このとき「赤い花」の純粋経験は破れる。
判断は純粋経験を分析することによって行われる。例えば、「走る馬」という純粋経験を分析して「馬が走る」と判断が行われる。このときも「走る馬」という純粋経験は破れる。
一般的に判断によって純粋経験は破られ意味が生じる。西田は意識の背後に統一力が働いているときそれを純粋経験と呼んでいる。一方意味・判断の背後に統一的意識があるので、意味・判断も純粋経験である。

(3) 弁証法的発展
 統一された純粋経験は弁証法で言えば、「正」の状態である。判断によって純粋経験が破れた状態が「反」の状態である。この破れた純粋経験が高次の純粋経験によって統合された状態が「合」の状態である。西田の純粋経験説も弁証法的である。

純粋経験第四段落3

第四段落3
 瞬間的知覚の如きものでも決してこの形に背くことはない。例えば一目して物の全体を知覚すると思う場合でも、仔細に研究すれば、目の運動とともに注意は自ら推移して、その全体を知るに至るのである。
 かく意識の本来は体系的発展であって、この統一が厳密で、意識がおのずから発展する間は、我々は純粋経験の立脚地を失わぬのである。

[考察]
 この形:統一を保ちながら体系的発展をしていくという形式のこと。
 例えばみかんを瞬間的にこれはみかんと知覚した場合でも、細かく見れば位置、色、形を意識が体系的に発展することによって知覚しているということを主張したい。
 意識が統一を保ちながら体系的に分化発展していくのが純粋経験である。意識が他と衝突し体系的発展が破れたときそれは純粋経験ではない。この衝突は自覚と言う形で反省されるものとなる。

純粋経験第四段落2

第四段落2
 初生児の意識のごときは明暗の別すら、さだかならざる混沌たる統一であろう。この中より多様なる種々の意識状態が分化発展し来るのである。しかし、いかに精細に分化しても、どこまでもその根本的なる体系の形を失うことはない。
 我々に直接なる具体的意識はいつでもこの形において現れるものである。

[考察]
 純粋経験は先ず、主客未分の初生児から始まる。このときの純粋経験の統一は混沌たる統一である。純粋経験は分化発展する。例えば、初生児は母親も自分の一部と思い、自他の区別がないが、次第に自分の思い通りにならないものがあることを知り、自他の区別が出てくる。これは、純粋経験の分化発展である。そして、成長にしたがって、さまざまな対象の区別ができてくるが、それでも、一なる私、という統一は保持されたままである。
 このように、純粋経験は主客未分の統一から分化発展しつつ統一を保つという形式を持っている。
 

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