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ヘーゲル哲学史講義:長谷川宏訳を自分に分かりやすく論理を浮き彫りに書き換えてみました。
(1)世界精神の変貌
現在は、世界精神が変貌しつつある時機であります。どのような変貌かというと、政治的経済的利害関係にとらわれすぎている状態、すなわち、外へ引っ張られている状態から、自分の内面に目を向ける状態への変貌であります。
世界精神とは、世界史のうちに働いている、肉体を持たない純粋な精神のことであります。言い換えるならば、それは、物質的な客体ではなく、観念的な存在形態を持つ「歴史の主体」のことであります。
「世界精神が政治的経済的利害関係にとらわれすぎている」とはどういうことかというと、「政治的経済的利害関係やそれをめぐる争いに、人々の精神的かつ物質的な全精力が注ぎこまれている」ということで,これが、世界精神が外へ引っ張られているという意味です。
「世界精神が自分の内面に目を向ける」とはどういうことかというと、「もっと高度な内面生活やもっと純粋な精神活動に心を向け、政治的経済的利害にとらわれない思考をする」ということであります。要するに、人間とは何か、神とは何かを問う内面を探求する哲学が復権する時機がきているということです。
このような世界精神の変貌がなぜ起こったのかと言うと、ドイツ国民が苦境を脱し、あらゆる活気に満ちた生活の土台となる国家を守りぬいたからです。
この世界精神の変貌を別の言葉で表現してみると、それは、「一切の利害を内に飲み込む国家とならんで、教会が浮上してくる」と言えるし、また、言い換えるならば、「これまで思考と努力の対象となっていた地上の王国とならんで、神の王国にも思考が向けられる」とも言えます。もっと別の表現をすると、それは「政治的経済的利害関係とならんで、純粋な学問、自由で理性的な精神世界もまた、ふたたび花開く」と言えます。
このような時機において、ハイデルベルク大学の新任の哲学教授として再出発することを私は喜ばしく満足に思っています。
考察
ヘーゲルの時代はまだ宗教が有力な時代であった。しかし、ヘーゲル死後科学が技術が進歩し観念論哲学は葬り去られた。そして、科学的唯物論とマルクス唯物論が広まった。
現代必要なのは心を深く自己認識し心の中の神を見出すことである。現代人は外界の認識に埋没し自己認識に疎くなっている。五感の認識に埋没した精神を、内界の認識へと引き戻し、個人を超えた内界を経験する必要がある。
自己認識の深さには限りがない。努力次第でどこまでも深くなる。心を深く掘る精神の運動がヘーゲルの弁証法である。ヘーゲルは内界を探求し、絶対精神という神にまでたどりいついた。
上記のヘーゲルの言葉と同じく、21世紀の時代精神はこれまでの科学の成果を考慮に入れつつ内界を探求して行くことだと思う。
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