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もう、昨年の9月の話題になりますが鹿児島県枕崎市へ行きました。 この記事はいつかは書かないとと思いながらとおとお年があけてしまいました。 いや、書けなかったのかもしれません。 自分のような人間が簡単に自分の言葉で書いていいのか分からなかったからです。 自分は現在、商工会議所青年部の奄美の会長をしています。 そして、鹿児島県商工会議所青年部連合会の県全体の会長をしています。 私が会長になってからの昨年より各地域を回って会議をすることにしました。 その中で昨年の9月にここ枕崎へ行きました。 ちょうどその時に近隣3市の仲間が集まってくれてとても暖かいおもてなしをうけました。 その時の仲間には本当に感謝しています。 「会長になってよかった、各市まわってよかった」 とこの時に心から思えました。 仲間、出会い、改めて考えた数日間でした。 その時に枕崎の仲間が知覧町の特攻隊の基地跡に案内してくれました。 私は鹿児島県の住んでいながらここに足を運んでいなかった事を恥ずかしく思いました。 この時からそれまでと違った「命」に対する考え方になった気がします。 そこは静かにしっとりとしたところでした。 その昔ここから多くの若者が旅立ったのでしょう。 館内は完全な撮影禁止でした。 遺族の気持ちを考えたらそれも当然でしょう。 館内はいろんな戦争に関する展示物がありました。 その中でたくさんの特攻隊員の写真と手紙が展示されているスペースがありました。 私は1つ1つ読んでいきましたが涙が止まりませんでした。 写真の中にはまだ、「身元が分かりませんので知らせてください」と書かれているのもありました。 かわいそうに、早く帰りたいでしょうに すべてが17〜20前後の若者ばかりです。 驚いたのは皆が達筆なのです。 それだけ死に行く前なので心がこもっていたのかもしれません。 「お母さん、先に死ぬ親不孝をお許し下さい。」 「天皇陛下の為に死に行く私を誇りに思って下さい。」 「悲しまないで下さい、私は家族と陛下を必ず守ってみせます」 「お母さん、私のぶんまで一日でも長くお体大切に幸せに生きてください。」 等、たくさんの言葉が印象に残り書ききれません。 それをこんな若い子供が書いているのです。 昔見た映画で「連合艦隊」とゆうのがありました。 そのクライマックスシーンで大和にお父さんが乗っている若者が沈んでいく大和を特攻隊の空から眺めながら「お父さん、少しでも長くお父さんより生きていたのが唯一、私の親孝行です。すぐに私も行きます」とのシーンを思い出しました。 あえて、いろいろ感想は書きません。 いえ、かけないと思いました。 ここへ行けば悩みなんか本当に小さなものだと感じてしまいます。 改めて「戦争を次世代の子供たちの為に起こしてはならない」 と感じました。 日本人は必ずここへ足を運んで欲しいと思いました。 広島・長崎・知覧、沖縄を日本の修学旅行にするべきだと思いました。 特攻隊の生き残りの方がこう言っていたそうです。 「私の仲間はこんな日本にする為に死んでいったのか?」 とても考えさせられる言葉です。 国を決める国会もそうだが、モンスターペアレントとか本当に情けない話題ばかりがあります。 この国は、国民一人一人の本当の心(しん)の強さが必要だと思います。 声を上げるときはあげていかないといけません。 また、行きたいと思います。 この時の枕崎の皆さん、感謝いたします。 一生のうちで大切な数日間でした。 皆さんもたまにはこの時の事を考えて見てはいかがでしょうか? 私達の為に死んでいった先人の為に・・・ 群青 http://music.yimg.jp/lyrics/lyrics.swf?id=Y004612&aid=234039 群青 - 谷村新司 (Kamikaze attacks in WW? ) |
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戦没者の手記は多く日向に出るようになりました。
一度拝見しに行きたいと思います。合掌
2009/2/8(日) 午後 2:13 [ 色即是空 ]
色即是空さん、是非一度行ってください。
今の時代こそ行くべきかもしれません。
私は大きく考えさせられました。
2009/2/8(日) 午後 2:20
戦争はよくないですよ、私は今中国で仕事をして暮らしてますが、日本も中国も戦争を体験してます、旅順にも行きましたが、いろいろな事が見えて来ますよ、あとには何も残らないのです、死んだら......。
2009/2/8(日) 午後 4:17
知覧、一度は訪れてみたいと思っています。
広島に生まれ、伯母を原爆で無くした私にとっては、忘れてはいけない、
語り継がなくてはいけない事だと思っています。
父は生前、イラクで仕事をしており、現地の人も雇っておりました。
戦争が起こった時「今度行った時に、彼らと会えるだろうか」と言った言葉が、印象に残っております。
沖縄に行った時、どうしても行きたくてひめゆりの塔にも行きました。
あの静かな場所で、悲惨な事が起きたとは思えず、そのギャップが衝撃的でした。
子供を授かり、いっそう戦争は起こしてはいけないと思っています。
2009/2/8(日) 午後 5:35
本当に仰るとおりですね。
今年六月五日に知覧に伺います。
歌手・加納ひろしさんのコンサートがあります。特攻隊で散った宮川三郎さんを題材とした「三郎蛍」と言う曲に乗せて、
手話振りを踊らせて頂きます。
記念館を訪れ、涙で目が腫れそうなのが心配です。
2009/2/8(日) 午後 5:47
九州男児さん、そのとおりですね。
死んではなにも残りません。
2009/2/8(日) 午後 7:32
にゃんさん、行って下さい。
一人でも多くの日本人に見て欲しいです。にゃんさんは広島ですから思いも強いでしょうから。
私の母が与論島出身なんであの占領下にいたのです。
叔父は沖縄で死んでいます。
2009/2/8(日) 午後 7:35
ranさん、是非除いて下さい。
若い子供たちがなんとも言えない文章で思いをつづっています。
2009/2/8(日) 午後 7:37
私の祖父母は、広島上空のキノコ雲を見ていますし、
瓦礫の山になった広島にも行っています。
焼夷弾の雨の中をなんとか逃げ延びたひとたちです。
夫の祖父の兄は、ニューギニアで戦死しています。
私が昔住んでいた学生寮には、
学徒出陣の前の、血判入りの寄せ書きがありました。
戦前の学生さんは、なんてみなさん、達筆なんだろうと思います。
その寄せ書きの中の何人かの方は、枕崎知覧に行かれたやもしれません。
戦争は、本当に、嫌ですね。
合掌。
2009/2/10(火) 午後 6:34
以前から「ホタル帰る」という本を読んでいます。
でもあまり時間が無くて進んでいないんですが。
いつか訪ねてみたいです。
2009/2/10(火) 午後 9:44 [ 島娘 ]
umemomosakura さん、私の母は与論島出身なんで占領の中で生活していて、叔父は沖縄で死んでいます。
達筆さに私も驚きました。命をかけに行く前に書く事もありそれだけ気持ちのこもった字と文にさせるんじゃないかと感じました。
2009/2/11(水) 午前 10:57
島娘さん、一度は行って下さい。
人生観が変わると言っても大げさではありません。
2009/2/11(水) 午前 11:01
ご無沙汰しております。
ボクも日本商工会議所青年部連合会へ出向していた時に、知覧は二度ほど訪れました。
遺書を拝見していると涙が止まらなかったのを記憶しております。
その後、長崎・広島の平和祈念式典にも何度も参列いたしました。
これからは、子ども達に伝えていかなければと思っております。
(まだ寒い福島から)
2009/3/12(木) 午後 3:41 [ せーちゃん ]
こちらこそご無沙汰しております。
こちらはかなり夏日になってきました。
私は子供達の修学旅行は広島、長崎、知覧に行かすべきかと思います。忘れてはいけないことですよね。
2009/3/16(月) 午前 2:04
こんにちは、枕崎YEGのこーじーです。
枕崎に来た際には、お世話になりありがとうございました。
今月25日奄美に会長代理でお伺いいたします。
その際は、よろしくお願いいたします。知覧の話題を取り上げて
いただきうれしく思うとともに、命の尊さを再認識させていただきました。ありがとうございました。
10月は、会長の男泣き見れるかなー?たのしみー(笑)
2009/4/9(木) 午前 9:16 [ koj*72*7* ]
こーじーさん、
ご無沙汰しております。その際はお世話になりました。
10月はそうなれるようにがんばりたいですね。
2009/4/9(木) 午前 11:27
海上特攻第二艦隊戦没者追悼式
自衛隊国分音楽隊の演奏とP3-Cによる慰霊飛行,池田学園,鹿児島水産高校の生徒による追悼文奏上を予定しています。
.実施日(期間)
2012年4月7日 (土曜日)14時00分〜
場所
名称 枕崎市火之神公園平和祈念展望台
主催者
平和祈念展望台奉賛会
2012/3/14(水) 午後 8:12 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]