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人には口に出してはいけない事がると思います。 それはさまざまでしょう。 時とか場合による事。又は雰囲気などいろんなケースがあると思います。 その中で、「これだけしてやったのに!」と言いたくなる事はありませんか? してあげてもしたほうが言ってはかっこ悪いし恩をおしつけるようで評価もえられません。 それに、与えられた方もしてもらえたと思っていないケースもあるだろうし難しいところです。 「恩を仇で返す」のことわざがあります。 自分自身一番気をつけている事ではありますが、人は気づかないうちに他人に思われている事も多いでしょう。 それに、してもらったと感謝を思っている人にもどこかで超えて旅立たなければいけない時も人はあります。 それは、例えばプロ野球の大リーグ挑戦なんかいい例でしょう。 育ててもらいながら、自分が実力が上がった事でチームから去っていくと思われる、言われる時もありその決断を乗り越えて皆行ってます。 本当に難しい問題だと思います。 昨年、東京に働きに出ていて、私が待ちに待った後輩が帰島した。 その後輩は高校卒業と同時に僕のチームへ所属し一年間がんばっていた。 正確も明るく野球も上手で僕をよく慕ってくれていました。 しかし、東京へ行く事になりました。 夢を実現するために修行に行くとの事でした。 東京に行くときには餞別もし、たまに帰省する時は皆で集まってご馳走したりしながら飲み明かしました。 そして、東京で女性と知り合い結婚することになったと報告を受け、チーム皆で結婚式にも出てお祝いもしました。 それは彼が夢を実現して帰ってきてくれるのを心から待っていたからです。 チームの皆も彼を知らない子もいましたが快く協力してくれました。 しかし、昨年帰省してからの事です。 何度も 「僕が帰ったら先輩を必ず胴上げしますよ。」 「僕がかえったら先輩の手伝いをしますから・・・」 等等数々の期待の言葉をはいていたにも関わらずに、たった3ヶ月でチームを去りたいとの申し出がありました。 驚きとショックではじめは「は!」って感じでした。 「舌も乾かないうちに何言ってんだ!」 でした。 僕は引き止めました。 心の中では「別にいいんじゃないか」と思うようにもなりましたがあえて何度も話し合いました。 それは、チーム皆が彼の為にやってきた事は僕が頭を下げてお願いしたからだと分かっていたからという事と、若い彼にその大事なことに気づいてほしかったからと、いくつも理由はありますが、迷いながらもあえて頭を下げて頼みました。 しかし、聞いてもらえませんでした。 5年間待ち続けた仲間より出会って3ヶ月の仲間を選んだのです。 たかが草野球の集まりであって、たいした事ではないのかもしれません。 しかし、大事なことは人の繋がりです。 まだ25の若さで先は長いです。 一時の感情で簡単に人との繋がりを切るんじゃないとの思いを分かってほしかったのです。 僕のチームは彼の加入したいチームからすると野球は成績はよくないから優勝できるチームに移りたくなったんでしょう。 僕は自分のチームのメンバーが大好きです。 僕が25の時に結成したチームです。 人の入れ替わりもたくさんありました。 優勝もしましたし、違反をおかして出場停止もなりました。 けど、皆で祭りも出たりといろんな取り組みもしました。 ソフトボールは何度も優勝も重ねました。 年齢はバラバラで人のいいだけのメンバーが揃っているだけです。 だけどかわいい後輩達に頼りなくてもいい先輩達です。 今、考えてみるとこうなるような前兆はあったかもしれません。 僕の大切な先輩で尊敬している緑師範(ここでも何度か紹介している極真のチャンピオン)に合わせようとした時も何故か微妙にタイミングがずれたり、プロ野球選手に東京で会わせようとした時も携帯忘れてたりと何故か会わせられませんでした。 今思うとよかったです。 会わせていると凄い人たちですから見抜いていたと思います。 それに彼と出会ってから彼の行動思い起こすと自分で言ってきた事が何一つ出来ていない。 常に「誰が・・・誰が・・・」と出来なかったことや言い訳に親や人の名前が出てくる。 思い起こすとたくさんあり、どの程度の人間だったか分かりそうなものだったのだ! 僕が一番彼に許せないと感じたことがあった。 それは、彼が東京へ行くのと入れ違いに帰島した彼自身の後輩にあたる子が彼の紹介でチームにいました。 彼の帰島を待ち続けていたのです。その自分の後輩に何も相談もせづに一緒に連れようともしなかった事です。 でも、その子は大人でした。 「そんな人ですよ。早く分かってよかったのではないですか」 だけでした。 そして、 「僕が彼と一緒に違うチームに行きなさい」 と言いましたが、残ると言ってくれました。 不思議なものです。 考えてみると今まで彼とは違い緑さんにもプロ野球選手にも紹介していましたし、紹介した皆がいい子だと言ってました。それに、緑さんと僕等が困って頼みごとした時も必死で役に立ってくれました。 はじめからこんな運命だったような気がします。 もちろん、それでこの子のよさが分かったのではなく前から分かってましたが、改めて今回の事で認識しました。 あらためて大切な人を気づくことってありますよね?そんな感じです。 去った彼にも僕は思い残すことはありません。 出来る限りの事はしたと思ってます。 彼の嫁さんも東京で出会った人なんで、奄美に来た時に彼から友人をつくるためにもと就職を頼まれていましたので、一流なとこも探していたし、奥さんに頼まれた物も探して用意してプレゼントするつもりでした。 結局両方キャンセルしましたが・・・ (それは、本人達には伝えてはいませんが就職は断らないとそこまで責任がもてなくなってしまったのと、用意したものも違う人にあげました。) なによりも、それまでの間は心から彼を思い自分なりに彼の事はしてあげたと納得できます。 悪いと反省する点もあります。 最近は商工会議所の会長を務めてから忙しくて、あまり野球に顔を出せませんでした。 それで、彼には過剰な期待をしすぎてたような気もします。 あらためて、大切な仲間も認識できました。 今後、彼には同じような思いをする事が将来待っているでしょう。 その時に分かってくれたらいいのですが・・・ そして、あらためて分かった大切な後輩達とこれからも仲良くやっていきたい。 そして、こんな思いを人にさせないようにしないようにしたい。 すみません、今日はちょつと自分の愚痴でした。
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奄美太郎の野球&ソフトチーム話題
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祭り二日目は船漕ぎ競争でした。
ソフトボールチームと野球チーム合同で参加しました。 こればかりは、いつも飲む理由ずくりで参加するようなもんで、成績はあまりよくありませんが、今年は2位でした。 2位といいましても組では2位ですがタイムで次へはあがれませんでした。 皆で毎年楽しめる一つです。 |
「奄美大島の話題」の書庫で紹介しましたビール販売している僕のチームのメンバーです。 初の紹介です。 こんな身近に尽きない話題があったのに、気付きませんでした!実は皆に指摘されての記事の始まりなんです。(汗・・・・・) 今後は、野球もソフトも試合の様子なんか紹介していこうと思います。 |
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