|
兵庫県神戸市兵庫区材木町界隈に兵庫運河が有ります。昔は神戸の玄関口のひとつとして栄えたようですが、現在はどうなっているのかと訪れてみました。 こちらが在りし日の兵庫運河です。当時は、水面積が日本最大級の規模の物だったそうです。 兵庫運河の歴史は、鎌倉時代に遡ります。当時この近辺は「兵庫津」と呼ばれ港を中心に栄えてたようです。その頃からこの地は難所で船の被害が大きかったようです。後年、兵庫出在家町の豪商?神田兵右衛門によって兵庫運河の築造が計画されました。 その計画は明治期に入ってから着工しましたが工事は難航し、数年後に船舶の避難地として先に新川運河だけが完成したそうです。 その後、八尾善四郎などの尽力により、和田岬を迂回するバイパスとして明治中期に兵庫運河全体が完成しました。 開削から100年余りが経った兵庫運河は、それ自体が多くの歴史資源でもあるのです。 いろいろ残っています。先に紹介した和田岬砲台や兵庫突堤の引込み線もその一部です。 兵庫運河は、主に3つの運河から成り立っており、兵庫?新川?苅藻という3つの運河の総称です。 大正から昭和初期の頃に栄えた賑わいは現在なく、一部の企業が細々と利用するにとどまっています。 また、材木業者が最近まで貯木場としてこのように使っていましたが、廃業し長らくこのままの状態で放置されていました。 1995年に、市民に親しまれる兵庫津の歴史散策道として「新川運河キャナルプロムナード」が神戸市により整備されました。 それにより、兵庫運河は当初の目的から、大きく転換されました。 浜山小学校前の運河は、かつてその貯木場として使われてきましたが、現在では、運河水面をレガッタなどの水上スポーツや地域イベントの場として活用できるように、整備されました。今後は新たな街の魅力として再生されると思います。神戸新聞2005/03/12 神戸新聞2006/08/19 今回は上の貯木跡地とJR和田岬線の船が通る時に回転し、船を通した和田回旋橋を見にその名の通りの材木町に行きました。 JR和田岬線はJR兵庫駅からJR和田岬のひと区間だけの路線ですが、工場地帯との通勤路線でJR西日本のドル箱路線でもあります。 他に近くには2003年ワールドカップの会場になったウィングスタジアム(今年からホームズスタジアム通称ホムスタ)もすぐ近くにあります。 |
全体表示
[ リスト ]








いやー、クレーン、いい味出していますね〜!複雑な形が何とも言えないです。かっこいいです〜
2007/4/26(木) 午後 7:33
ガイデリック・クレーンがまだ遺されているのですね。しかもこんな都会の真ん中に・・・写真で拝見するだけでも、ここだけ時間が止まっていることがよく分かります。
2007/4/28(土) 午後 7:44 [ Kitaro ]
デリッククレーンの一種のスチフレッグデリックですね。ガイデリックの発展形です。1本の直立したマストの先端を直角に開いた後方の2本のステー(スチフレッグ)と呼ばれる脚で後方から支えています。巻上げ・起伏・旋回を行うことができますが、旋回は後方の2本のステーによって240度に制限されていますが、設置面積がガイデリックよりも小さいく安定度はガイデリックよりも大きいため、重量物等の特殊な荷のつり上げに使用されます。
2007/4/30(月) 午後 1:14 [ ガイ ]
ももてんさん>私もこんな構造のクレーンは見た事がありませんでした。見てても気付いてないだけかも知れませんが、今回アップしてみました。
2007/5/1(火) 午後 10:24
あつさん>見るからに旧式のクレーンですね。よく残っていたと思います。しかし、クレーンにこんなに種類があるとは知りませんでした。
2007/5/1(火) 午後 10:28
ガイさん>スチフレッグデリックですか?舌が絡まりそうなクレーンですね。あまり見ないのは特殊用途だからなのですか?
2007/5/1(火) 午後 10:32
兵庫運河の御崎橋は底質にダイオキシン類が高濃度で含まれているので有名ですね。
濃度の低いところを調査しても 120pg-TEQ/g以上もありますね。
市民の皆様は底質汚染について何か活動をされているのでしょうか?
少なくとも、魚を食べてはいけないことぐらいは分かっているとは思いますが・・・
ダイオキシン類以外の有害物質も含まれています。
汚染原因をご存知の方はいらしゃらないでしょうか?
汚染原因者が分かれば、浄化が進むと思いますのでお教え願います。
2011/2/6(日) 午前 8:06 [ 底質汚染 ]
関空さん、はじめまして…
汚染物質については聞いた事ありません。活動はやってないように思いますよ。釣りも普通にしています。たぶん食べていると思います。
2011/2/14(月) 午後 7:41