小展望台から更に駆け上っていよいよ第三砲台跡まで登ってきました。

一番頂上にからは掘り込み状になっているのが第三砲台です。巨艦巨砲主義の時代の物で対空防御に対してほとんど無防備な砲台です。
メガネ状に2基並んだ物が4箇所、合計8基の大砲があったようです。

隣の施設にはトンネルで繋がっていました。構造的に、軍艦の砲塔と同じような構造と思われます。なので大砲の基礎は漏斗状になっていると思われますが、泥と雨水で沼と化しており確認する事が出来ません。

完全に中は泥沼です。入って確認する勇気はありません。

泥の中に草の種が入ったのでしょう。草が生えていました。

隣の施設は更に泥沼化していました。南海電鉄が観光地としての開発を中止してから一度整備されたこれらの施設は荒れるに任されています。
左右にある窪みは第五砲台跡にあったものと同じように、大砲の次弾が置かれていたようです。こちらにはオリジナルなのか再現された物なのか、イロハ表記が窪みの中央部に書いてありました。

時間がありません。慌てて駆け下りました。真下には 第二砲台跡と同じ形式の弾薬庫がありました。横に四つ立てに一つあります。島内で一番有名な所です。

この、左手にトンネルがありその先には発電所と将校宿舎があるのですが、とにかく船の時間が無く今回は行けませんでした。
しかし戦後60年は経っている施設とは思えません。かなりしっかりした造りです。

もっとも有名な場所の写真です。今回はこの写真が一番撮りたかったので、一応の目的は達しました。他の観光客は既に船着場に行ってしまい撮り放題です。
このカットは、更新される事のない私の ホームページのトップにも使われています。
いつか再開したいのですがさて何時になるやら…

本当に連絡船の時間がなくなってきました。船着場に駆け戻る事になりました。再上陸を心に誓いながら島を去りました。
2005年08月15日の事でした。
撮影機材 ニコンF4、ニコンF100、コシナエンジェルワイド20ミリF3.8、シグマ17〜35ミリF2.8〜4
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友ヶ島いいですね。モノクロ写真が更に臨場感を引き出してくれます。 ホームページの再開も、密かに楽しみにしていますよ〜
2007/5/25(金) 午後 7:16
砲座の部分の円形までちゃんと残っているのは素晴らしいですね!そして、弾薬庫は下関要塞地帯のものも、先日見てきた横須賀・観音崎のもの(後日UP予定)も、ココも、皆同じパターンで造られているのですね。
2007/5/27(日) 午前 2:31 [ Kitaro ]
ももてんさん>ホームページ再開いつになるやらです。パソコンを触れないのでブログの更新も遅滞していますから…
取り敢えず、ブログで勘弁してください(^O^)/
2007/5/31(木) 午前 11:41
あつさん>やはり軍用規格なんでしょうか?
だいたい同じ形が多いですね。
この島以外にも近辺にある砲台もそうみたいです。
近々行きたいなと思っています。
2007/5/31(木) 午前 11:46