?H1> 友ヶ島2007年4月5日、虎島砲台本編

トイレと言うか入り口より入って直ぐにこのような構造物がありました。
浄化槽なのか何なのかわかりません。水が濁っているので深さもわかりません。中には数羽の烏の死体が浮いていました。
謎です。

さらに奥に入っていくと倒木と蔦に覆われた虎島砲台が見えてきました。

他の砲台と同じような弾薬庫の入り口があります。中を覗くと、内部は驚く事になっていました。

中には、大きな陥没がありました。

かなり深い穴です。この穴は、最初海水や雨水により軍艦島の小学校裏のように土砂が流失した物と思っていましたが、聞くところによると戦後に日本陸軍の隠し財宝のデマを聞いた人々が掘った物らしいです。
徳川埋蔵金とかこの手の話しに夢見る人は多いようです。

ここも隣に同じように弾薬庫がありました。

こちらの床はちゃんとありました。何故、何を元に隣と思って掘ったのか聴いてみたいですね掘った人に(^o^)丿

こちらもさらに奥に施設が続いています。

一旦地上に出ると、その先にまた地下施設です。

ここはひとつだけで、Vの字に階段が付いています。外部からの攻撃対策なんでしょうか?

この階段をいちいち弾薬を抱えて上がっていたのでしょうか?かなりの重労働です。

他にも弾薬庫はありましたが、これらの床はやはり掘ってありませんでした。

その奥に何かの残骸?木片や瓦、さらにコンクリート製の流しのような物があります。
どうやら住居部分です。各砲台基地の近くに住んでいたようです。

飲料水とか保存していた貯水槽のようです。中は広く未だに水が貯まっていました。島の池から運んでくるか、雨水か、本土からの給水かわかりませんが水の確保は大変だったと思います。

その隅に、レンガとコンクリートの塊がありました。どうやら、台所とお風呂のカマド跡のようです。

規模が小さいのでもしかすると藪の中にもう数棟このような施設があるのかも知れません。時間が少なくなってきましたので虎島砲台から離れて本島に戻る事にしました。
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