友ヶ島2007年4月29日、3度目第一砲台編
友が島の灯台の横を通り抜け、第一砲台の方に進行しました。
右翼の観測所に行きました。元はコンクリートに覆われていた観測所は、その内部の鉄骨を赤く錆びさせ、再訪を待っていました。
木製の天井部材も残っていました。聞いた話では、かなりの防腐剤と言うか防火の為の薬剤に浸した木なので残っているそうです。
また、攻撃を受けた時に、銃弾や破片が中を飛び回らないように木製でもあったそうです。
直径は、2メートルぐらいで意外に小さいものです。少し離れた後方に関西国際空港の航空管制レーダーが見えるのは同じです。
後ろを振り返れば、友ヶ島灯台も見えます。この灯台もかなり古いものでした。しかし、あまり撮影してないので次回の課題です。
時間が無いので、複雑な通路を駆け抜けていきました。直線に長いのですが、戦後に作られたフェンスに遮られ立体的な移動になります。
木々が茂ってしまった所に前回見逃した、第一砲台の左翼がありました。大きさは、右翼と一緒です。
コンクリートもこちらの方が良く残っていますが、こちらは人通りが無いのか土砂が乗っています。
何れは埋まってしまうのかも知れません。他の砲台にはこのような観測所は無いのですが、精密射撃の為でしょうか?
中の構造は同じです。窓から入り込んでくる土砂が見えています。
こちらも右翼と同じように天井の部材が残っていました。作りも一緒です。
中の観測機器を乗せていたらしい柱も一緒ですが、床の中心点は、こちらは穴だけでした。 右翼は四角に十字のブロックが埋めてありましたが、何ゆえ違うのかわかりません。
次は、以前からの課題の「海軍聴音所」に進みます。
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装甲掩蓋が残ってるんですね。しかもほぼ完全な形じゃないですか。
よく今まで解体されず残ってましたね。また天井の部材は見事に原型を保っている。たしかにこの作りの場合、恐ろしいのは跳弾ですから木材が最適でしょうね。 是非保存してほしいものです。
函館山にある千畳敷砲台にもあったのですが、先の大戦での金属回収や、戦後の米軍の調査爆破によって屋根すらありません。
2008/1/30(水) 午後 6:13
銀狐さん>あの丸いのは装甲掩蓋と言うのですね。
他の戦争遺跡では見かけないものと思っていましたが、あまり残って無かったのですね?
この島は、観光地として保存しようとしたのですが、企業が手を引き放置状態となっています。
残念な事です。
2008/2/3(日) 午前 0:09
こういち様、この友ヶ島要塞観測所とよく似た構造の要塞が
佐世保の丸出山堡塁に現存します。 でも内部の部材は、こういち様の画像で初めて確認できました。
2008/2/3(日) 午後 5:19
銀狐さん>佐世保に同じような施設があるのですね。ここの場合内部は見放題ですよ。
なので懐中電灯がいります。
2008/2/5(火) 午前 1:37