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この島は、やはりかなりの施設が残っている。以前「第三砲台の奥に、探照灯小屋が残ってるらしい」と聞いて、この「海軍聴音所」の事かと思ったら、どうも別な施設のようです。 聴音所とは水中のソナーで敵艦艇や潜水艦のスクリュー音などを察知し、早期発見する任務を負った場所です。 このソーナーが、資料により下の桟橋に作られた桟橋近くから下ろした水中マイクと言うものや、機雷にマイクを着け無線で聞き機雷を操作したとか、そのほかに魚雷発射施設があったとか、ただ、本土の基地に連絡だけしていて、攻撃または迎撃施設は無かったという話もあります。 多くの秘密のベールに包まれています。 2007年8月11日の神戸新聞にここで実際に任務に就いた少年兵の軌跡が掲載されていますが、当時は機密度が高くやはり、ちゃんとした資料がなかなか無いそうです。 この施設だけが海軍統轄のもので、他の施設と独立していたそうです。付随する施設も、ここだけに集中してあり、陸軍との交流はあまり無かったようです。 当時は、海軍と陸軍は犬猿の仲で、近くにあっても交流が無いというのは、よくあったことだそうです。 今回は確認できなかったのですが、この下に海軍専用の桟橋があったらしいので次回調査したいです。 この場所は、そのような事情の為か存在が、確認されたのは、ここはリゾート地として開発調査した最近の事だそうです。 ここまでは高低差は無いのですが、かなり回り込んでいかないといけません。 内部は、かなり荒れています。木の部分が炭化しているので火災にあったのがわかります。火災は、あまり古いものではなく多分、心無い何者かの仕業ではないでしょうか? 入ってすぐ右側に便所があり、写真の左側には厨房が写っています。 ここが、聴音室と言う証拠が残っていました。天井の吸音材です。今ならグラスウールとか使ったりしていますが、当時は何だったのでしょうか? 当時の機器で、小さな音を聴くために静かな環境を得る為の吸音材だと思います。 この部屋の天井全体に張ってありました。 次回は、海面近くまで降りて、件の設備を探したいものです。
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形こそ違いますが、見る位置によってトーチカにも見えますね。
保存に値する施設と思いますが、見る限り放置状態の様子。
嘆かわしいです。 ここに詰めていた兵士の食料事情は良かったようですね。潜水艦勤務と同じ待遇だったようです。
さて、軍事関係の資料を探すには真に持って苦労します。
ご承知とは思いますが、国立公文書館、アジア歴史資料センター
等は約に立ちます。「http://www.jacar.go.jp/」
2008/2/3(日) 午後 5:06
銀狐さん>ありがとうございます。ここは荒れ放題ですが、他にも施設が残っているので探せば、綺麗なものもあるかもしれません。
また、この島以外にも周辺に多くの軍事施設が残っているので、機を見て訪問したいと思っています。
2008/2/5(火) 午前 1:41
友が島の戦争遺跡の事は、以前から興味を持っていたのですが…
こういちさんの記事を拝見させて頂くまでは、これほど沢山の戦争遺跡が残っているとは思いませんでした。
いずれは朽ち果てていってしまうのでしょうが、戦争の悲惨な歴史を多くの方に見て頂きたいと思いました。
詳しいご紹介記事をありがとうございました。
2008/10/19(日) 午後 10:44
西野さん>これもまだ一部なんですよ。公開されてるもの以外に埋もれてます。
それも大量に…本土側にも淡路島側にもあるのです。
更に上陸できない島の中にもあるとか…また時間作って行きたいものです。
2008/11/11(火) 午前 0:00
おはようございます。
友ヶ島周辺には、まだ沢山の遺跡が残っているんですね!
次回のご掲載を楽しみにしております。
2008/11/11(火) 午前 9:47
西野さん>かなりあるようです。対岸の淡路島にもあるのでいずれは行きたいと思っています。
2008/11/25(火) 午後 8:54