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1981年8月23日に能勢電鉄に訪問した時の写真です。 確か、この年限りで川西国鉄前〜川西能勢口間(通称・国鉄前線)が廃止になるからと聞いてきたと記憶します。 阪急電車で川西能勢口に行き能勢電のホームに行くと宝塚寄りに50形の51号が留置してありました。 朝と夕方のみの運行だったので、走行写真は撮影するのは家に帰れなくなるので、無理でしたのでホームからの撮影です。 小さな50形は鉄道模型的でかわいいですね。これは従来あった阪急電車からの借入車70形を改造したものでどうも順番で改造できなかったようで、これの種車は73号車のようです。 阪急時代はどうやら37形と言われていたようですが、資料が少ないです。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも断片的な資料しかありませんでした。 運転席はとてもシンプルです。どちらかと言うと路面電車的なものです。同時期、阪急嵐山線にもこんな感じの単行電車が走っていましたが、何形だったのでしょうか? 室内は単純なロングシート本当に路面電車ですね。運転席との仕切りもありません。真横で運転を見ながら楽しんだ子供たちが居たのではないでしょうか? 既にこの頃から本家阪急では、小型車ゆえ休車になる車両であり、再就職先でした。 中間車両に改造された600系では年式が合わないし、810系なんでしょうか?しかし、両方能勢電に入線していたのでしょうか? わかりません。誰かご存じないでしょうか? 同じような形なのに一回りも小さくて愛嬌の持てる車両です。 それの6両編成…走ってるのが見たかったですが、この時は既に通勤時間のみの運用で見れませんでした。 社章は、阪急の社章の同じ位置にちゃんと能勢電の社章がつけてありました。今のようなステッカーとは違い溶接でつけられていました。 他形式とは機器が違う為に運用では連結できなかったそうです。 各形式で制御方式や機器が違うのは時代を感じさせますが、運用は大変だったでしょうね。 1926年(大正15年)製の31系の35号を1962年に改造したものです。 その背後に何か怪しげな車両が写っているのに、何故当時の私は行かなかったのか悔やまれます。 何故、もっと撮影しなかったのか悔やまれますね。 |
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はじめまして。今頃夏の記事にコメントさせていただき失礼します。三扉旧型車ですが、確かに能勢電に大型の旧型車が入ったのは聞いたことないですね。。
ドアの上の路線図らしきものを見ると阪急っぽいですし、宝塚線ではないでしょうか???
2009/1/3(土) 午後 9:36 [ ide**_i ]
ide**_i さん>わかりません。なんせかなり昔のことなので…そのわりにこのネガに宝塚線の車両が写ってないので、どうだったのか…
車内のつり広告に猪名川の花火大会のポスターがあったので、私は能勢電と思っています。
2009/1/3(土) 午後 11:00
はじめまして。懐かしい写真を拝見することができありがとうございます。3扉の車内の写真は、昭和52〜54年の車体更新で内装が明るい色に変更された810系と思われます。ちなみに、1枚目と2枚目で蛍光灯の並び方が違いますが、1枚目は2次車である817−867までの並び方、2枚目は3次車である818−868以降の並び方ですね。おそらく、当時今津線で走っていた817−867−818−868−819−869の編成だと思います。また、運転席も速度計の位置などから810系のものだと思われます。私も当時817Fの内装写真を撮影しましたが、うまくとれていなかったのが残念でした。
2011/5/14(土) 午前 11:00 [ sen*en*_99 ]
sen*en*_99さん>はじめまして、貴重な情報ありがとうございます。
一本のフィルム上に写っているので、能勢電に行った時なのどその途中だったかも知れませんね。
夢中に撮影してたのに意外に忘れてました…今もたくさんのネガが埋まっているのですよ。
何が出てくるか…
2011/5/16(月) 午後 6:29