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途中から道が綺麗に整備され嫌な予感がしていましたが、選鉱所の周りの古い木造建築の建物類が無くなり、シックナーだけが目立っていました。 今から、8年ぐらい前に訪問した時には、まだ沢山の残っていたのに… ここは、かつて明治時代に存在した 神子畑鉱山から銅や錫などの鉱石を採掘して場所ですが、大正時代に入り、ここから北西6キロの奥地、明延地区の鉱山から大量の鉱石を輸送して選鉱した後に生野地区の生野製錬所へ送る役割を担っていました。 その明延から神子畑までは明神電車(通称 一円電車)で鉱石運搬し、ここからから生野までは 鋳鉄橋で触れた馬車から馬車鉄道、そして鉄道で輸送されていました。 選鉱所の入口には、鉱山の事務所や診療所として使われた洋館「ムーセ旧宅」が資料館として公開されていますが、時間が遅く閉まってました。 昔、来た時はかなり傷んでいました。 綺麗に修復されているのは良いのですが、選鉱所まで綺麗サッパリ無くなって土台だけとなっていました。 この一番上に明神電車が鉱石を運び、選鉱され下から運び出されていたのです。 保存すると言われていたインクラインも中途半端で放置されていました。 もっと見たかったのですが、時間の関係で明延鉱山に向かって進みます。 近々再訪したいと思います。 |
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こんばんは。
写真のレールは、ケーブルカーでも通っていたのでしょうか。
2010/4/22(木) 午前 0:59
ef-end_63さん>これはインクラインと言ってどちらかと言うとエレベーターに近いものですよ。
この線路に台車が乗っており、その上にトロッコを乗せて上と下を結んでいました。
鉱山や炭鉱にはわりと見られる物のひとつです。
2010/4/26(月) 午後 11:41
あら〜建物がなくなってる〜。あれはあれで趣きありましたがやはり危険だからでしょうか。
洋館、名前は忘れましたがこちらはきれいになって資料館になったんですね(~o~)
れぽ、ありがとうございました!ぽちりと。
2010/4/27(火) 午後 5:49 [ - ]
まやたぬきさん>もう、スッカラカンに無くなってます。
残念です。
特に産業もない山の中ですから、過疎化していくだけですね…
2010/5/4(火) 午後 10:26