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かなり以前、神戸市中央区の一番東端、神戸労災病院の近く、神仙寺通りに行った時に、葺合砲台を経て 布引貯水池に向かうと書いた案内のある登山道入り口を見ました。 いずれ見に行こうと思っていましたが、今日確認の為見てきました。ネットの検索で、調べてもこの葺合 砲台は出てこないので、どんな遺跡かと期待です。 神戸の場合、和田岬砲台や舞子砲台といった江戸時代末期に作られたかなり古い砲台は史跡として資料も 残されてますが、第二次世界大戦の物はあまり聞かないので興味がそそられます。 この他に、伊藤博文の銅像があったと伝えられる大蔵山公園にも砲台があったという話も聞いています。 [位置GPS情報URL] http://walk.eznavi.jp/map/?datum=0&unit=0&lat=%2b34.42.48.93&lon=%2b135.12.18.78&fm=0 |
戦争遺跡
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う〜ん・・・この続き、気を持たせますね〜(笑)そちらにも砲台の跡があるのですか!?陸に砲台を築くと言うことは当然明治後期の頃のものなんでしょうか。私はこういちさんに比べたら、この道ではまだまだ初心者ですが、文中で仰っている「考え難い」ことをするのが当時の人だと思います。北九州では、高蔵山のそれが当に「考え難い」ところにありました。なので、山頂にある可能性も捨て切れませんよね。
2006/11/6(月) 午後 10:42 [ Kitaro ]
そうですねぇ〜この近くには、川崎、三菱と言った造船工場や今は無くなりましたが、神戸製鋼脇の浜工場、川崎製鉄と言った製鉄工場がありましたから防衛上あってもおかしくない筈です。しかし、明確に残っているのは、文中にある砲台群や、友ヶ島、淡路島の由良砲台ぐらいしかないですから明確な物を見付けたいですね。
2006/11/7(火) 午前 10:34
なるほど、軍需工場防衛の為の砲台だったのですね。ところで、話は全く変わりますが、つい最近、淡路島に鉄道が走っていたことを知りました。昭和41年に廃止されたそうですが・・・
2006/11/9(木) 午後 0:02 [ Kitaro ]
淡路交通の事ですね。電車だったそうですよ。淡交と言う俳句雑誌とは一切関係ありませんが、未だにバスとタクシーの会社として存続しています。 廃線跡は、淡路鳴門自動車道に潰されて、ほとんど無いそうです。 http://6.fan-site.net/~haasan55/Awaji.htmのホームページに詳しい記述があります。
2006/11/10(金) 午前 2:07