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京阪神で有名な砲台に、臼砲台と呼ばれる砲台群があります。しかしどれも、開国論に燃える江戸時代末期から
明治時代の初期に作られた物で、構造的にトーチカに近く近代戦争に対し全く役に立たず、そのまま廃止された
砲台があります。
このうち、以前に見に行った和田岬砲台、今津砲台、西ノ宮砲台の3箇所を掲載します。碑文によりますと他に
川崎、舞子と5箇所作られたそうです。
舞子砲台は、明石海峡大橋の西隣にあるのは知っていますので近々撮りに行きますが、川崎砲台は見付ける事が
出来ませんでした。
笠原長行、勝海舟、坂本龍馬らも視察や用地選定、建築の指揮を取ったらしいです。

まず最初が、和田岬砲台です。2002年の5月に訪問したものです。場所は神戸市兵庫区和田崎町にある、
三菱重工神戸工場内です。見学には事務所に申し込みが必要ですが、公開されています。
砲台群の中では、完成が比較的遅く、更に工場内と言う好条件の為保存状態はかなり良いです。外囲の御影石、
内部の仕切りの材木とも当時の姿そのままに保存されています。
2005年に内部に崩落があったようで、内部公開が中止されてました。なので今も内部公開されているか
わかりません。

どうも、試射の際に煙(当時は無煙火薬が無かった?)が充満して、実用にならず大砲は据え付けられず、
そのまま無用の長物化したようです。形が臼に似ているので、臼砲台とも呼ばれています。
円形状に大砲を配置していたようで、全方位に砲撃出来るようになっていましたが、一方位一門の大砲では
攻撃力はかなり低いです。
ウドの大木?ですね。碑文に現存しているのはここだけと書かれていたので、鵜呑みにして後の西ノ宮砲台を
見付けるのに2年かかりました。
書き直して欲しいですね。

これが、今津砲台です。場所は、西宮市今津真砂町です。砲台自体は、既に解体されて現存してません。
ただ、跡地に砲台の一部だった石垣で作られた碑が残っています。

近くに、今津燈台跡とか酒蔵群があり歴史的には重要な場所だったようです。

こちらが西ノ宮砲台です。2004年の8月の取材です。場所は西宮市西波止町です。大正時代に既に史跡に
指定されたようですね。
和田岬砲台より多少古い完成の為か石垣の上に漆喰が塗ってあるようです。誰でも近寄れるので保存状態は
あまり良くなく漆喰は黒く汚れ、投石や風雪により内部もだいぶん傷んでるようです。基本的には和田岬砲台と
同じ構造のようです。

このままでは、和田岬砲台の碑文通り無くなってしまうのではないでしょうか?
参考までに、川崎砲台は神戸市中央区東川崎町の川崎造船敷地内にあったそうです。また、舞子砲台は神戸市
垂水区東舞子町です。

ここには、軍事基地もあったようで、門柱がさびしく残っていました。もう少しちゃんと保存して欲しいですね。
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この頃の砲台は、建物内に大砲を入れていたんですね。音とか煙とか、ちゃんと外に逃がせたのでしょうか・・・それはともかく、鎖国時代から開国へ向けて進んでいる時代に、恐らく外国からの技術でしょうが、こういうものが建てられていたなんて驚きです!なんか小倉の給水塔頂部に似ていますネ!
2006/11/9(木) 午後 0:00 [ Kitaro ]
確かになんとなく小倉の給水塔頂部に似てますね。音わかりませんが煙は充満して実用にならなかったそうです。 なので、実際には大砲は装備されず無用の長物化していたようです。
2006/11/10(金) 午前 1:53
インパクトのある形ですね〜。でもこれ、浅○モーターロッジに似てませんか?私はすっごい似てると思うんですけど。うん、やっぱり似てる・・・。うん、何度見てもこれは浅○モーターロッジだ・・・。
2006/11/11(土) 午後 11:33
すいません。浅○モーターロッジを知らないです。こんな形なんですか?
2006/11/12(日) 午前 1:16
http://home.f01.itscom.net/spiral/motor/motor1.html 廃墟デフレスパイラル様からです。特に、上から2番目の画像なんてすごい似てますよ〜!!
2006/11/15(水) 午前 0:15
見ました!浅○モーターロッジ!!似てますね。しかし、こちらの方がかなり大きいようですね。60〜70年代に流行った円形建築の感じですね。
2006/11/16(木) 午前 10:05