
1993年頃訪れた針尾送信所無線塔です。ここは、太平洋戦争、真珠湾攻撃の開始暗号「ニイタカヤマノボレ」を送信した無線アンテナです。
訪問した時、既に予備役扱いになっていて、ほとんど使っていないと聞きました。それまでは、海難通信等、海上保安業務に活躍貢献してきました。
そう言いながら、大戦中も使用電波の種類が中波、短波になったとのことで、あまり使われてなかったようです。
敷地は一部が私有地だったり、国有地だったりして立ち入り禁止でした。今もそうだと思いますが、危険防止のため、無線塔内部などの見学はできません。
しかしこの当時はすぐ間際まで近寄ることができ、中を除くと横倒しになったエレベーターのカゴの残骸がありました。
5〜6人は乗れそうなカゴですが、鳥カゴ状態なので乗りたくないようなエレベーターです。
無線塔の大きさ、構造等は次のとおりです。
1.塔高 1号塔、2号塔、135m 3号塔、137m
2.塔基部直径 12.12m
3.塔基部周囲 33m
4.塔頂部直径 3.12m
5.コンクリートの厚さ 76cm
6.3本の塔は正三角形に位置し、塔相互間の距離は300m
7.頂部には正三角形の空中線展張装置が設置されていたが、落下等危険防止のため、現在はないようです。
8.塔内には風圧に応じて働く空中線保護のための緩衝装置が設置されているそうですが、どれが何なのかよくわかりません。

後方にもうひとつの電波塔が見えています。見るからに煙突状で、田川炭鉱記念公園にある煙突を彷彿させます。

下から見上げると、かなり高いです。真ん中あたりに空中線が張ってありました。今の技術では同じ性能のものは3分の1ぐらいの高さで可能だそうです。
さらに近年のデジタル技術や衛星通信がありますから今後このような物は要らなくなるんでしょうね。

天高く伸びる塔が過去の栄光を伝えています。

しばらく歩いていたら、自衛隊のヘリがかなりの近距離で飛行訓練していました。この当時でも国有地だと言うことを感じさせられます。

草木が茂る丘陵に無用と化した遺物が、残っています。

どうにか三つの電波塔を入れて撮影できました。今も残っているのでしょうか?貴重な戦争遺跡として末永く残してほしいものです。
|