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次に国鉄宮田線跡に訪れたのは、1995年頃だったと思います。 ネガの変色がひどく最初はかなり古いものと思いましたが、先の記事のネガ発掘の折にこれより新しいものと判明しました。 |
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2006年11月23日
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1989年に廃止された宮田線跡を訪問したものです。1994年頃だったと思います。 宮田線は、筑豊本線の勝野駅から筑前宮田駅までを結んでいた路線です。 全長はたった5キロ少々、駅数は3駅と言うローカル線です。 宮田線は、筑豊地区有数の炭鉱であった貝島炭鉱からの石炭積み出しのため、1902年に開通しました。 当初は筑豊本線の貨物支線とされましたが、1912年に勝野〜桐野(後の筑前宮田)間で旅客営業を開始する のと同時に、1904年並びに1910年に開業した支線とともに桐野線(きりのせん)として独立しました。 そして1937年に、終点の桐野駅が筑前宮田駅と改められ、線名も宮田線と改称されようです。 その後、貝島炭鉱とともに繁栄を極めたらしく、最盛期には駅から専用線が伸びていました。 ところが、国の石炭政策が代わり、貝島炭鉱は終焉を迎えました。それとともに宮田線も貨物輸送を失い、 また町の衰退、人口減少、交通機関の自家用車化と共に旅客輸送も減少し、ついに廃線となり、今はその跡だけ が残っていました。 |
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