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2000年11月に通りがかったJR大飯駅で見かけた物です。 SL7100型です。これは、「義經」と書いてある事から7105型と思われます。 7105型、通称「義経」は、一時行方不明になっていましたが、1952年に国鉄鷹取工場で復元されたそうです。以前確か鷹取工場で自力運転したイベントを見に行った事あります。 過去には、「義經」は東京の交通博物館に保存の「弁慶」と間違えられたりしていたそうです。 その後、長い間鷹取工場で保管されていましたが、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会」での運転の為、鷹取工場で復元されて運転されたそうです。 その「義経」は現在、大阪の交通科学博物館に動態保存されている筈なんですが… 碑文を読んだら、これが本物の「義經」ポイ事書いてあります。 じゃあ、、大阪の交通科学博物館の「義經」は、影武者なんでしょうか? 実史でも、討ち取られた義經は実は影武者で、弁慶が影武者と知られないようになんて言う話しを聞きますが、これも現代ミステリーなんでしょうか? 外回りから見ると、なんとなく本物に見えてきます。 一応、7100型の機関車は、形式としてテンダー型の機関車です。 軸配置1C型、機関車重量16.4t、動輪直径914mmの機関車です。北海道幌内鉄道が、1880年から9年間かけてアメリカのポーター社から輸入しました。 「義經」は輸入された8両の機関車のうちの1両です。7100型は1号から6号と何故か番号飛んで9号10号の番号が付けられ、当時の欧米の慣習に習って、歴史上の人物の名前を愛称にあてたようです。 「義経」「弁慶」「比羅夫」「光圀」「信広」「しづか」と付けられ、9号10号は無名の機関車として札幌〜小樽間が開業した折りに輸入されたそうです。 幌内鉄道の建設目的は、幌内炭坑で産出した石炭を小樽港まで輸送する為に、建設されました。 当時の官営鉄道で北海道開拓に関して、アメリカから技術指導を受けていました。 その関係で、必然的にアメリカから鉄道の技術指導と鉄道建設に関わる資機材を輸入する事になりました。 7100型はテンダー式機関車にもかかわらずかなり小さな機関車です。Nゲージなどの鉄道模型で、他の機関車と比べてもらうとその大きさの差は歴然です。はっきり言って軽便鉄道車両に近き大きさです。 後年、「義經」がタンク型に改造されたのも納得できます。 これは開業当初、輸送量も少なくさらに未開の地であった北海道で、鉄道建設費用を少しでも安くする為、施設が簡易な軌道構造であったのが一因と思われます。 この当時のアメリカの機関車の特徴が見られます。棒台枠や上バネ式軸箱などは、当時として先進的な機構を採用し、煙突はダイヤモンドスタッフ付きの煙突を採用することで火の粉の拡散を防止し、前面にはカウキャッチャーを装備しておりアメリカ開拓時代の形態を保ったユニークな機関車である。 1907年に、北海道炭坑鉄道が国鉄に移管した時、形式は7100型を名乗ることになりました。 コクピットの中に入れるようになっていたので入る事にします。 テンダー車は小さく、この大きさでは石炭積載量もかなり少ないですね。後年は本線使用できなかった訳がわかります。 雨水が溜まっていました。こういうのが車体を傷めるので対処して欲しいですね。 これは、本物でない!?、しかし汽笛の引き紐やブレーキレバーが付いています。このレバーは固定されていますが、ちゃんと連動していました。 変な所がきっちり作りこんであります。レプリカという話しも、この後聞きましたが、そうなんでしょう。たぶん… |
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2007年05月25日
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