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?H1>友ヶ島2007年4月5日、第四砲台将校住宅編
本島へ戻り第四砲台の一部を掠めて、戻る途中、脇道を見つけましたので入っていきました。 するとこのような基礎が残っていましたが何の基礎かわかりませんでした。 当初ここを第四砲台とは思わずに、以前に訪問した時に全部見れなかった第三砲台の将校住宅と思い込んでいました。 のちにレポートしますが、あまりにも第三砲台の将校住宅に似ていたのでそう思い込んでしまいました。 台所は、流しはコンクリートなので残っています。茶碗や湯飲みが割れるのはこのコンクリート製や石製の流しで多く発生しており、金属(主にステンレス)の流しはこの辺りが生産性も相成って後の時代中心になっていくのです。 |
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2007年07月18日
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