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明けましておめでとうございます今年もよろしくお願いします。
年賀状を製作時に住所録を保存していたZIPドライブに保存されていた写真です。
これはプリントされた物をフラッドヘッドスキャナーで取り入れたものでかなりクオリティーが悪い物なのが残念です。

これは直方の石炭記念館近くで撮影したDD51と50系客車列車の写真です。近年は電化されたとか聞きましたが私が在住時はこのような客車列車がのんびり走っていました。
しかし、廃線部を含めると6本もの路線が引かれていた区間であり、石炭産業が花盛りしき頃は、沢山の列車が往来していた物と思われます。
この時、確かめてはいないのですが上部に渡る水色の鉄橋は元々鉄道橋だったそうです。

これは、門司港駅より先にあった引込み線で撮影した物です。現在ここは廃線となっているそうですが、このような貨物列車が運用されてました。
ここも、絽線が6本程度引かれていました。大きな工場があったとも思えずもしかすると、関門海峡を渡っていた連絡船時代の関係だったのでしょうか?

これは確か原田線で撮影したものと記憶します。この辺りだけは今も未だに非電化とか聞いてますのでこのままの風景かも知れません。
このトンネルの上部にある物体は、トンネルの排煙装置の送風機です。この当時送風機は電源は来ていましたが、使われてなくたぶんSL時代の遺物だと思われます。
SLがトンネル通過時に排出する煤煙は、風の流れの無いトンネルに充満し場合、運転手が窒息して事故の元になる事があります。
そこで、様々な方法で煙の排出を試みました。時にはトンネルの入り口をマットで塞いだり、このような送風機で風を送ったりしていたようです。
しかしSLが営業路線から消え、DLやDCはどんどん改良され煤煙が少なくなったので無用の長物となりこのような装置はほとんど撤去され見られなくなっていたのですが、ここには残っていました。
この撮影の後、私は遠方地に転居して再訪のチャンスは訪れてないのですが、まだあるのでしょうか?
基礎部が他にも残っていましたので、送風機が導入される以前はこの部分に小屋がありマットで塞ぐ為の係員が常駐していたのかも知れません。
時にマットを上げ忘れ、SLがマットをブチ破った事故も多発していたようです。
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