国道312号線を生野銀山から和田山方面に走行して、羽渕に入って、左手側円山川沿いにある河川公園(羽淵橋公園)に羽渕鋳鉄橋があります。
このエリア、昔は金、銀、銅、錫など様々な鉱物が産出され、道路の建設技術の関係もありこの付近に集まっていたようです。
ここからは、明治9年に作られた「銀の馬車道」と言う「旧生野鉱山寮馬車道」を使い、朝来市生野町と姫路の港の飾磨港間49キロを結んでいましたが、羽渕鋳鉄橋はそこに運び出す為に明治18年頃作られた5つの橋の一つで、羽淵のめがね橋の愛称で親しまれていたました。
この橋は、日本に現存する鋳鉄橋の中では3番目に古い橋だそうです。
長さは18メートル少々幅は4メートル弱の小さな物ですが当時の技術ではかなり大変だったようです。
形式としては、昔私が行った事のある神子畑鋳鉄橋のワンスパン橋(1連アーチ橋)とは異なり、中央に円柱ピーヤ(支柱橋脚)があるツースパン橋(2連アーチ橋)で、石積等も、移築前のそのままの状態で復元されたそうです。
これが、ツースパン橋(2連アーチ橋)の特徴である中央の円柱ピーヤ(支柱橋脚)です。
鉱石を積んだ馬車の重量を支え続けた柱です。
しかし、碑文とか読んで調べてみるとこの橋は明治22年ごろに水害で、流され一度大きな修復が行われているようです。
さらにその後も通学路や生活道路として使われ痛みが激しく、昭和46年頃に橋床と手すりの補修がされオリジナル性が失われたそうです。
また、平成2年9月の19号台風の災害によって、この橋の架かっていた朝来市羽渕字田中から字中筋の田路川の全面改修により、川幅が拡幅されたため、平成7年6月にその鉱山道路から遠くない現在の場所、朝来市羽渕字柳に移築し、原型に復元されたそうなので、開通当時からの状態ではないようです。
とはいえ、当時の美しさや、状態は感じられます。
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