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これらは、前の写真と編集して後日アップします。 その後、保存されてる神子畑鋳鉄橋を見に行きました。 以前、フィルムでは沢山撮影していたいましたが、ブログに掲載は初めてだったと思います。 連日の大雨でかなり川が氾濫してのかかなり河川敷が削られいました。 神子畑鋳鉄橋は、神子畑鉱山や明延鉱山から採掘された鉱石をこの先にある神子畑選鉱所から、当時生野町にあった精錬所まで輸送するために16キロあまりに引かれたルート架けられていました。 増大する輸送量に輸送手段が変わり、この道に鉄道馬車を通す為に5箇所に、鋳鉄製の橋を架たそうですが、これはそのひとつです。 ただ、この区間は早期に鉄道輸送から車両輸送に切り替わり、ルートが変わらなかった所の橋は架け替えられて、破棄されたルートに残ってたこの神子畑鋳鉄橋と、以前ヤフーブログに紹介した羽淵鋳鉄橋の二橋だけが残ったそうです。 後に羽淵鋳鉄橋は移転保存となり、現地にそのまま残っているのは、この神子畑鋳鉄のみとなったそうです。 鋳物で作られた橋としては日本では最古のものと言われています。 生産は、横須賀にある製鉄所で作られ姫路市の飾磨まで海輸されて、銀の馬車道で運ばれたそうです。 以前の水害で破損したとか聞き心配しましたが、今回の氾濫を乗り越え頑張っていたようです。 以前紹介した羽淵鋳鉄橋は二連アーチ型でしたが、この橋は単なるアーチ型です。 一度、1982年に保存目的で大規模な補修を受けているそうです。 その為かあまり古く感じません。 欄干には橋の名前は書いてなく小さな文化遺産のプレートがついていました。 橋から一歩離れると綺麗なアーチ型がわかります。 しかし、意外に華奢な橋で、この上を鉄道馬車や初期の鉱石トロッコが走ってたとは信じ難いのですが、この道中に橋脚跡やトンネル跡があるので、間違いなく走っていたようです。 鋳鉄橋の奥に向かって、ずっと旧道(軌道跡)が神子畑まで続いています。 10年以上前に生野駅の近くの材木工場の敷地に少しだけ残っていた線路跡は、確か762mmのナロー軌道だったと記憶があります。 いろいろ、まだ見ていたいのですが、時間がないので早々に神子畑選鉱所跡に向かいました。 |
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2010年04月11日
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