廃墟・廃線

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あら? ケータイ投稿記事

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 Yahoo!ブログがi-phone4でも使い難く、更新はGREEやmixiのみでしていたが、今日アクセスしてみたら、スマートフォン対応に変わってたから、更新してみました。
 久しぶりにレフレックス500mmを引っ張り出したらカビにやられてオシャカになっていました。
 修理不能な状態でゴミ箱行きです。
 行きつけのカメラ屋さんが「タムロンは無いけど、けんこーのなら中古である」との誘いにのり、中古を購入…
 しかし、本体のみだったのでステップアップリングでタムロン用のフードを取り付けてみました。
 その後、予備カメラのD50に着けて撮影したが、露出計等が連動せずかなり使い難い…
 後に、D50の後ろの液晶を壊してしまい、修理費用が中古費用を上回る事になりました。
 D50での最後の作品が221系のこの写真です。
 近々、カメラを買い替えようと思ってますが、新製品のD7000が良いか、中古のD700が良いか悩んでしまってます。
 さて、どうしましょ〜(^O^ゞ

阪神岩屋駅の階段 ケータイ投稿記事

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 阪神電車は歴史が長い為からか路線上に結構昔の遺構の多い私鉄のように思う。
 その中のひとつが岩屋駅の東側、大阪梅田方面側にある長い階段である。
 震災の時、一時的に臨時代行バスからの乗り換えルートに使われたが、かなり長い間放置されている。
 岩屋駅は地下路線の途中に開削された感じの構造であり、そのトンネルの上に駅本屋と改札口があるのだ。
 ある意味、橋上駅と言える構造なのだ。
 現在は、西側の三ノ宮方面にしか駅本屋と改札口はないのだが、昔は両方あったのかも知れない。
 私がこちらに住んだ頃には既に東側は階段だけしか無かった。
 現在ここは下り専用ホームになっているが、最近まで島式ホームであったのは覚えている。
 その頃はまだ、ホームから階段を上れたが、今は柵仕切られ上る事は出来ない。
 上った先は駐車場になっているのだが、見えてる基礎状の構造物から当時の駅本屋の跡だと推測出来る。
 道路を隔てた反対側にも少しスペースがあり、端っこのデザインから昔はここまでが駅の施設だったのだろうか?
 想像ばかり膨らむ。
 どうやら、過去に発刊された阪神電車の社内史には写真が掲載されたそうだが、i-phone4で簡単に検索した限りでは過去の写真は出て来なかった。
 歴史に忘れられた階段だけが今も残っている。

阪神本線/岩屋駅

明延鉱山跡が…

明延鉱山跡が気になり、行ってみる事にした。









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明延神社の、脇にあるトロッコ軌道を遡る。










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三木鉄道の三木駅跡 ケータイ投稿記事

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 仕事でブログ更新をサボっていました。
 デジカメから携帯に直接画像が落とせないので、手間取ってます。
 今日も仕事の合間に抜け出し、三木鉄道の三木駅跡に寄る事が出来ました。
 以前、夜中に通りがかった時に検車庫や事務所を取り壊し道に、駅本屋もショベルが入り作業をしていたので心配だったのです。
 知人から移転させると聞いていたのですが、どう見ても取り壊しにしか見えなかったのです。

 今日、三木駅跡に寄ったところ「MIKI夢ステーション」として、まだ工事中でした。
 手前の建物は検車庫の一部をそのまま転用したようにも見えます。
 市民トイレの位置はそのままですが、駅前やホームは全て撤去、整地の上駐車場になるようです。
 大事な駅本屋は、この位置から見る限り、かなりの建て替えで、まるで「大改造!!劇的ビフォーアフター」何処までオリジナルか判りません。
 「まあ、なんて事でしょう。暗い駅舎が明るく生まれ変わりました…」なんて加藤みどりの声が聞こえて来ては欲しくありません。
 これは、オープンしてから確認しなければならないようです。
 その隣はたぶん貨物ホームの東屋だったと思いますが、まだオリジナルを保っています。
 駐車場にする関係で線路配置が変わり貨物ホームの線路は完全撤去されています。
 しかし、一部はそのまま残すようで、新たに列車止めがつけられてました。
 駅にあった2本の信号機も残すようす。
 一時は保存予定にしていたミキ300−103が無くなったので、それをどうすか、変わりに何か置いてくれるのでしょうか?
 出来たら加西市に放置しているミキ180でもと思うのですが…
 完成する頃にまた来たいと思います。

神子畑鉱所 ケータイ投稿記事

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 神子畑鋳鉄橋の見学も程々にして、急いで神子畑選鉱所に向かいました。

 途中から道が綺麗に整備され嫌な予感がしていましたが、選鉱所の周りの古い木造建築の建物類が無くなり、シックナーだけが目立っていました。
 今から、8年ぐらい前に訪問した時には、まだ沢山の残っていたのに…

 ここは、かつて明治時代に存在した 神子畑鉱山から銅や錫などの鉱石を採掘して場所ですが、大正時代に入り、ここから北西6キロの奥地、明延地区の鉱山から大量の鉱石を輸送して選鉱した後に生野地区の生野製錬所へ送る役割を担っていました。

 その明延から神子畑までは明神電車(通称 一円電車)で鉱石運搬し、ここからから生野までは 鋳鉄橋で触れた馬車から馬車鉄道、そして鉄道で輸送されていました。
 選鉱所の入口には、鉱山の事務所や診療所として使われた洋館「ムーセ旧宅」が資料館として公開されていますが、時間が遅く閉まってました。
 昔、来た時はかなり傷んでいました。
 綺麗に修復されているのは良いのですが、選鉱所まで綺麗サッパリ無くなって土台だけとなっていました。
 この一番上に明神電車が鉱石を運び、選鉱され下から運び出されていたのです。
 保存すると言われていたインクラインも中途半端で放置されていました。
 もっと見たかったのですが、時間の関係で明延鉱山に向かって進みます。
 近々再訪したいと思います。

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