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安島 太由佳さんの本で、鶉野飛行場の近辺に未だに戦争遺跡が多く残っているようなので探してみました。 |
廃墟・廃線
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窓社 安島 太佳由 写真集「要塞列島」 |
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ここには、六甲山を縦走する県道16号線から山上駅を結んでいた道路に架かっていた月見橋が残っていると聞きました。 この月見橋は、実は神戸市内で一番、標高の高い位置にある橋だそうです。 そう言った背景で用途廃止後も解体されなかったようです。 郵便局は、郵政公社になって改装されましたが、今も同じ位置に郵便局はあります。 デザインもなかなか凝っています。1944年に廃止され60年以上放置されたコンクリート製の橋はまだしっかりと残っていたのです。 すっかり県道との合流部分は崩れてなくなっています。 県道側からは、まともに行っても藪漕ぎをしなければ、月見橋には近寄れません。空中橋状態です。 反対側の欄干は、撮影不可能なぐらい木々に埋まっていましたが、「昭和六年」と架橋された年月日が書いてありました。 建設年月日から言うと、1931年ですから、77年前に建設されて、13年後には廃止になるとは短命な橋です。 橋の長さは40mぐらい、幅は6m程ですか…コンクリート製です。 表面はかなり傷んでいます。山上駅の昔は駅があったと思われる位置には別の建物が建っています。 その建物自体もかなり古く、今は誰も住んではいないようなのですが、倉庫として使われているような形跡があります。 戦後、一時的には復活させようと言う動きはあったようですが、その為にラインを引いたとは思えませんが… コンクリートの表面が大きく、捲れている場所がありました。よる年月は確実に橋を蝕んでいます。 しかし、今ならまだ補修し保存する事も可能だと思います。 神戸市内で一番標高の高い位置にある橋なのできちんと後世に残して欲しいです。 六甲ケーブルも戦時中、さらに戦局の悪化で鉄材回収の対象になったのですが、殆どそのままの形で終戦を迎え、戦後再開したのと比べると、かなり対照的な末路です。
その後のレジャーブームに阪神電鉄系のケーブルに輸送力で押されていた阪急電車は「ロープウエイなどは時代遅れだ、それよりも道を直せ」と言う小林一三氏の鶴の一声に、更に1938年の阪神風水害で壊滅的被害を受けそのまま放置されていた表六甲ドライブウエイの復旧を優先したため六甲登山架空索道は放置され、今は歴史の中に埋もれようとしているのです。 |
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中竜鉱山は、1987年に閉山した鉱山で、亜鉛や銀を産出していたそうです。 施設は閑静な山間部にひっそりと残っていました。 その奥に階段があったので、降りていく事にしました。 シックナーとは鉱石の選択する為に鉱石を洗う機械です。 多くの鉱山や炭鉱に必ずと言っても良い程ある施設です。 何を意味していたのか忘れてしまいましたが、鉄骨の名版は外国製の古いものでした。 効率化のためにこの鉱山は、多くの通路が自動車や重機が通れる大きさに拡張されており、鉱山にありがちな櫓とエレベーターは見当たりませんでした。 その見学坑道までは、普通のマイクロバスに乗って延々120mまで降りて行きます。 職員は慣れているので、まるでラリーのようなスピードで走り結構迫力ありました。無くなってて残念な施設です。 |
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他に大阪市営日東アパートも軍艦アパートと言われているようです。私が撮影してるのは電気街で有名な日本橋の東側の軍下寺町にあるものです。 存在自体は、1988年頃学生時代にきていますが、興味が無くその後すっかり忘れていました。 再び思い出したのは近年、友人から解体の話が上がった事を聞いてからです。 そこで、行ってみましたが既に閉鎖されており、外側からの撮影となりました。 もうひとつの大阪市営日東アパートは、これより少し後の1933年(昭和8年)の建設だそうです。 知らなかったのが悔やまれます。 今の基準では考えられないような世界があったと思います。 この撮影からしばらくしてここは、解体され現在は更地が広がっています。 |





