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すごい蔦の茂みです。やはり60年は長いですね。もう少し早くに行くべきでした。 |
廃墟・廃線
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昔、六甲摩耶鉄道六甲ケーブル線の関連会社で勤めてる時に、戦前この六甲ケーブル線の下駅付近から六甲山上の丁字ヶ辻近辺まで、阪急電鉄の前身「京阪神急行電鉄」の関連会社がロープウェイを経営していた。と言う話は聞いていました。 これは、、六甲登山架空索道と呼ばれる物で、戦時中に不要不急線とされ撤去され、その後復旧する事無く廃止された悲運の索道です。 この近くには、同じく戦時中に撤去された、国鉄有馬線が有ります。←チョッイレポ 戦後その当時で40年以上経っており、六甲山の新興住宅地の開発状況とか考えて、既に無くなっていると考えていました。 おまけに地上設備の少ない、索道(ロ−プウェイ)ですから、もう諦めていました。 それから、20年ひょんな事に登山を趣味にしてる方から「謎のコンクリートの建物が山中にあって、雨宿りに入って」と聞きました。 ひょっとして…?、いやもう60年以上経ってるし…と思っていましたが、行ってみる事にしました。 その登山道の入り口は、表六甲ドライブウェイの途中に有ります。そう言えばこの表六甲ドライブウェイは、当時の阪急総帥の小林一三の意見で索道よりも自動車の方が効率的として整備の為の資金を提供して建設整備された道です。 「アイスロード」はどうやら明治時代に六甲山に残っている残雪を、納涼の為に表に運び出す事に使われていたようですが、ここには詳しい説明が無く、謎めいたヒントとルートのみしか書いてありません。 とっても不親切です。 |
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今日、見に行った遺跡です。 |





