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先日ナショナルアイデンティティーについて記事を書いてみて非常に面白かったのでまた時々書いてみたいと思います。
#韓国の大手ポータルの「韓国」の説明ページから引用です。
国民はほとんど皆が韓民族または韓族という一つの民族で構成されている。
2000年現在韓民族を構成する人口は約7,482万人でこれら韓民族は世界各地域の色々国に広く分布している。
彼らの地域的分布を見れば韓国に4,700万人,北朝鮮に2,217万人,中国に204万人,米国とカナダを含んだ北アメリカに206万人,日本に66万人,ロシアに49万人,ラテンアメリカ・ヨーロッパ・中東・東南アジアおよびその他地域に39万人ほどが居住している。
それにもかかわらず,これらが皆一つの民族として一体感を持つ理由は韓民族の系統と形成および移動過程で神話・歴史・体質・文化,特に言語の共通した特質のためだと解釈される。
まず韓民族が皆檀君の子孫だと信じるのは韓国歴史で初めて登場する古朝鮮の初めての賃金の檀君を私たちの民族の始祖で見る<檀君神話>で由来する。
それは天帝の桓因の庶子桓雄の息子の檀君がBC2333年阿斯達に首都を定めて檀君朝鮮を開局したという建国神話だ。
しかし全世界人類中で韓民族が占める位置と民族の系統分類および彼らの移動歴史によれば韓民族の形成時期ははるかにかなり以前に遡る。
(略)
その後の気温が上昇して,氷河が溶けて,後期旧石器時代および新石器時代の時シベリアから南に移動した。
トルコ族は中央アジアと中国の北側まで,モンゴル族は今の他モンゴルを経て,中国の将軍および満州北側まで,ツングース族は黒龍江流域まで,そして韓民族は中国東北部の満州西南部の遼寧地方を経て,韓半島南部まで移動して,一つの単一民族として初期農耕時代に定着生活を始めた。
このような韓民族の形成および移動過程で発展した文化は今まで残っていて,後期旧石器時代・新石器時代・青銅器時代・鉄器時代の考古学的遺物と遺跡で発見されている。
歴史上古代の中国文献に現れる粛慎・朝鮮・韓・ヘイ・貊・東夷などの色々な民族らはその全部または一部が私たちの韓民族を示す言葉だ。
特に遼寧地方の韓民族は北部の草原地帯で牧畜をする一方南部の平野地帯で農耕を主にしながら農耕・牧畜文化を発展させたし,韓半島南部まで降りてきた韓民族は自然環境の条件により牧畜を捨てて農耕にだけ集中して,独特の青銅器文化を発展させた。
このように今日の中国,遼寧地方と韓半島で農耕と青銅器文化を発展させた韓民族が一つの単一民族として連盟体の族長社会を統合して,古代国家を成立させたのがまさに古朝鮮だ。
その後国家が分けられて,いくつかの新しい独立国家で分裂してまた統合される歴史的過程は非常に複雑だったが民族は一つの単一民族として韓民族の命脈を受け継いできている。
#なるほど。ここから推察できることとして、
□民族アイデンティティ=国家アイデンティティであるとしようとしていること。
日本にいると日本国家を形成する民族は、ほぼ大和民族なので民族意識なんてほとんどありません。異民族=外国人という認識になります。
ですが、民族意識は国家を形成しやすいです。
ユダヤ人は土地を持ちませんでしたが「神によって選ばれた民族」という強力な民族アイデンティティによって同一性を失う事なく、やがて国家を形成するに至りました。むしろ民族意識以外で国家を取りまとめるのは難しいのかもしれません。アメリカや中国といった他民族運営は非常に困難を伴うでしょう。
故に韓民族の形成した国家=韓国、を目指すのは当然といえます。この民族主義は原理主義化しつつあり現在、外国人への差別として非常に深刻な問題になっているようです。
□国家アイデンティティとして認識している、もしくは政府によるプロパガンダ、さらにもしくは願望、として、「神話・歴史・体質・文化,特に言語の共通した特質」で民族を差別化しようとしています。
「紀元前2333年から粛々と続いてきたモンゴロイドの農耕・牧畜民族。特にハングルを言語とする」これが韓民族であると言うわけです。実際にはさまざまな民族に征服され、そのたびに混血が進み、新しい文化を取り入れ発展(?)して行った国であるはずです。
私の韓民族の認識としては「モンゴロイドの流れで多くの民族との混血でそれらの文化を受け入れ独特に変化をさせていったハングルを使う農耕民族」で在ると思います。
この中で「神話」とあるのも面白いです。儒教やシャーマニズムといった韓国の宗教とは離れたところにある「檀君神話」を民族の拠り所とするやり方は果たして成功するのでしょうか?
#十分特質な民族性であるので、どうか美化することなく正確性を追及していただきたいです。
#「美化している」理由。心の拠り所としてのアイデンティティは美しい物である事がベストであるのかもしれません。本当は、探せば素晴らしい文化も、ひょっとしたら多く存在するのかもしれません。古きを恥じるばかりで、現実を見つめようとしない。真実を探求するべき歴史学者たちが過去から目をそむけているようでは、永遠に何も見つけられないのでしょう。そしてこれからも素晴らしい文化を生み出すことも出来ないのではないでしょうか。これも、この民族性だと考えます。
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