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日本ではヒトとマウス、米国ではヒトとヒツジ、中国ではヒトとサル…。臓器移植という大義名分の中で次々とつくられる「動物と人間の異質同体キメラ」

投稿日: 2019年8月8日

ヒトとサルの交配種の作成を伝えるスペインの報道より


elpais.com

ヒトとネズミを交配させた「臓器」の言及の承認を伝える日本の報道より

ネズミ体内で人の臓器 文科省、東大のiPS研究了承

日本経済新聞 2019/07/24
文部科学省の専門委員会は24日、東京大学のチームが申請をしている動物の体内で人の臓器を作る国内初の研究計画について、実施することを大筋で了承した。
同省は、動物の体内で人の臓器を育てる研究を禁止していたが、3月に関連指針を改正し条件付きで解禁した。
ネズミなどの小型動物の体内で人の細胞の臓器が正常にできれば、将来は人間の臓器の大きさに近いブタやサルを使い、実際の移植に使える可能性がある。糖尿病など向けに新たな移植治療への道が広がる見通しだ。




科学の恵みかパンドラか

最近、世界中で、
「ヒトと他の動物の混合生命体」
が作り出された報道、あるいは、その実験が承認されたという報道が相次いでいます。
正確には、他の動物の胚にヒトの幹細胞を移植するという改変のですが、なぜ、そのようなことをするかといいますと、「他の動物の体内に、ヒトの臓器を作るため」で、そして、目的は、「臓器移植のため」ということになっています。
この2週間くらいの間に、中国では、スペイン人科学者によって、ヒトとサルの交配種を作る実験が順調に進んでいることが報じられ、そして、日本では、それまで禁止されていた、「人間以外の動物の体内でヒトの臓器を育てる研究」が、文部科学省によって承認されたことが、世界的に報じられています。
この交配種のことを、科学用語では「キメラ」と呼び、あるいは、ハイブリッドと呼ぶ場合もありますが、いずれも、あまり馴染みはない言葉ではあります。
Wikipedia では以下のように定義されています。
キメラ - Wikiepdia
生物学における キメラ とは、同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態や、そのような状態の個体のこと。嵌合体ともいい、平たく言うと「異質同体」である。
この語は、ギリシア神話に登場する生物「キマイラ」に由来する。
具体的には、どのように行うかといいますと、どのように動物でも、おおむね以下のような過程となり、その目的は、「動物の中で育った臓器を人間に移植する」ということを目指しています。

ヒトと他の動物との異質同体作成と臓器移植までの道筋

1. 他の動物(ネズミ、ヒツジ、サル、ブタなど)の DNA を改変する

2. ヒト幹細胞を対象の動物の胚に移植する

3. 新しい臓器を成長させるためにヒト幹細胞を使用する

4. 動物の体内で作られた新しい臓器をヒトの体内に移植する

 
私個人は、DNA や細胞の改変に関わる試みについては、生命を唯物的なだけのものと見るという観点から、個人的には否定的でして、そのあたりは、昨年、アメリカで「ヒトとヒツジのキメラ」が作られた時に書きました以下の記事でも少しふれています。
しかし、ここにきて、ヒトと他の動物のキメラが、世界中で、怒濤のごとく、つくり出されているという流れを見ても、このような状態はさらに加速する可能性のほうが高そうです。まあ、パンドラとは言いませんけれども、「何かのフタが開いた」というような状態にはなっているようです。
そして、この実験の問題は、実際には、「技術的なところではない」という部分があります。
たとえば、先ほどの日本の場合も、報道に、
> 同省は、動物の体内で人の臓器を育てる研究を禁止していた
とありますように、この実験や研究は、多くの国で禁じられてきたのですね。
冒頭で取り上げました「中国でヒトとサルの同位体がつくられた」ことに関しても、なぜ、中国でスペイン人の科学者がおこなっているのかといいますと、
「スペインでは、この研究は禁じられているため」
でした。
中国には、キメラの研究とその作成の実行に関して禁止する法律はなく、誰でも、このような同位体を造り出すことができるということで、スペインから中国にラボを移して、研究を続けているようです。日本でも、部分的に承認されてきているということで、今後、日本でも、多くの同じ研究や実験がおこなわれる可能性があります。
この冒頭の中国でのヒト=サルのキメラについての報道からご紹介します。
 

Spanish scientists create human-monkey chimera in China
elpais.com 2019/07/31

中国で、スペイン人科学者がヒトとサルのキメラをつくり出した

フアン・カルロス・イスピスア (Juan Carlos Izpisua)氏が率いる研究チームは、人間の臓器移植用の臓器を動物の体内で成長させる方法を探る研究の一環として、ヒト幹細胞を動物の胚に注入した。
イスピスア氏の研究者チームは、中国の実験室で、はじめてとなる人間とサルのハイブリッドを作成する作業を行っている。これは、人間の臓器移植に動物を使用する重要な一歩だ。
このチームは、米ソーク研究所とスペインのムルシア・カトリック大学(UCAM)のメンバーで構成され、器官の形成に不可欠な遺伝子を不活性化するためにサルの胚に遺伝子組み換えを行った。その後、あらゆるタイプの組織を作成できるヒト幹細胞を胚に注入した。
なお、この研究については、調査結果を国際的に著名な科学雑誌に論文を掲載する前であるため、詳細な情報を、まだメディアに提供していないが、研究チームは、これまでおこなわれたマウスやブタの細胞だけではなく、サルなどの霊長類に対しての実験を進めている。

イスピスア氏のチームは、以前、より類似した種同士のキメラ、たとえば、ラットとマウスの間にキメラを作成することに成功している。2017年には、革新的なゲノム編集ツール CRISPR を使用して、マウスの胚の、心臓や目、あるいは膵臓の発達に不可欠な遺伝子を非活性化した。その後、チームはこれらの臓器を生成できるラット幹細胞を導入した。

スペイン・バルセロナ再生医療センターの所長であるアンヘル・ラヤ (Angel Raya)博士は、キメラの実験は「倫理的障壁」に直面していると説明する。
倫理的な問題を回避するため、現在の科学界は、キメラの動物が妊娠した際には「 14日で妊娠を停止させる」というルールを暗黙の中で設定しているとラヤ博士は言う。
この日数は、胚が人間の中枢神経系を発達させるのに十分な時間ではない。そして、すべてのキメラ胚は、その妊娠期間が終了する前に破壊される。現在の規則では、どのような場合でも、妊娠したキメラ動物が、出産にいたることはない。
スペインでは、この種の研究は厳しく制限されており、致命的な病気の調査にのみ限定されている。そのため、イスピスア氏は、サルを使った実験を中国でおこなっている。しかし、スペインの倫理委員会は、2017年に、ヒトとブタのキメラ実験については承認している
研究者たちの最終的な目的は、動物の体内に、人体に移植可能なヒトの臓器を作ることだと述べる。

 
ここまでです。
日本で、キメラ作成に対しての承認のニュースが出た時に、ロシアの報道メディアは、ロシア科学アカデミーの科学者で、ロシアの移植人工臓器医療調査センターの所長であるセルゲイ・ゴチエさんという方に話を聞いていますが、ゴチエさんは以下のように述べています。

「日本の研究者らの行っていることは異種移植と言われるものです。このメソッドを使う際に一番障害となるのは感染の危険性です。動物に寄生するウイルスが人体に入り込む恐れがあるからです。自家移植であれば、ヒトが臓器のドナーであるのでこうした恐れはありません」 (略)

「こうした実験が最終的にどんな結果をもたらすか、それを正確に予見できる人はいません。人間が動物とヒトの両方の遺伝子を体内にもった場合、どうなるか。ヒトとしての動きができるのか」
「これは医師が動物を人間のように改造するという、あの有名な、ジョージ・ウェルズ作の『モロー博士の島』を思い起こさせます。もちろんこれはSFですが、遺伝子技術は壮大な将来性を持っており、これが我々をどこに導いていくかは最後までわかりません。この理由からこうした研究は管理されており、国によっては禁じられてもいます。科学は進歩を止めませんが、これ以上進むのは危険だという境界線を見極めさせるのは人間の倫理です」
ここまでです。
なお、ヒトの胚の幹細胞について、「人工多能性幹細胞」という言葉から、日本では「 iPS 細胞」と呼ばれることがありますが、この iPS 細胞というのは、つまりは和製英語で、海外ではまったく使われないですので、ここでも使っていません。
このキメラに関しては、今後も、「科学の花形研究」となっていく可能性がありますので、今回は、個人的な感想にはふれないでおたきいと思いますけれど、それにしても、こういう報道を見るたびに、
「人間にとって、《人体》とは何なのだろう」
と、ぼんやりと思います。
唐突ですが、「イエス・キリストが生まれる以前のキリスト教」というような概念があり、いわゆるローマ法王庁を頂点とするキリスト教というものとは別に、「キリスト教の本質」について、歴史的に、たびたび語られてきました。
そこでは、キリスト教の最終的な目的は、「自分の肉体をすべて変容させること」だとされていたようです。そして、その変容とは、「肉体を持つ」ということ自体から離れていくことで、それがキリスト教の本質であると。
私もそうですが、ますます現代人は、「肉体という存在に縛り付けられている」ということになってきていて、 遺伝子改変とか、そういう方向もまた、「肉体こそすべて」という世になっているということなんでしょうかね。
ロシア人のスヴェトラーナ・セミョーノヴァという人の『ロシア宇宙精神』から、「キリスト教の本質」だと、その人が書いている部分を抜粋して締めさせていただこうと思います。私たち人類は今、こういうところと最も離れた場所へと向かっているようです。

セミューノヴァ『ロシアの宇宙精神』序論より

キリスト教の神秘主義的伝統においては、将来の神化のためには魂や知だけではなく、肉体をも変容させ、肉体に光を与えることが必要とされる。重要なことは、意識を肉体から引き離し、意識によって人間の肉体のすべての器官と力を霊化し、統御することなのである。
人類は低次元の自由にひたりきって自己満足しているが、この自由とは、右往左往し、もがき回る自由である。そのままでは決して最良の選択として精神圏という理想を選び取るような、高度の自由を手に入れることはできない。
そのために人類は、現在の自分の肉体の自然そのものを変革する活動をはじめて、自然の肉体が少しずつこの精神圏というキリスト教的な高度の理想を実現することができるようにしていかなければならない。
人間の道徳的完成を安定したものにするためには、その前に、それと並行して、人間の肉体を変革し、他の生物を食べ、押し退け、殺し、そして自分でも死ぬという自然的な性質から人間を解放しなければならない。

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バチカンと少女失踪の関係が調査される中で、教皇庁施設から「身元が特定できない多数の人間の骨」が無造作に放置されているのが発見され、いろいろな曝露はさらに進みそうな気配に

投稿日: 2019年7月25日

2019年7月19日のカトリック系の報道メディアより


Catholic News Agency




バチカンをめぐる「異様な事象の曝露」はまだまだ続く

最近、またバチカン(ローマ教皇庁)が、報道によく登場します。もちろん……というのは語弊がありますけれど、良いニュースのほうではなく、悪いというか、「疑惑系」のニュースなのですけれど、これがなかなか込み入った話となっていまして、冒頭でご紹介しています報道は、
「長いあいだ行方不明となっているバチカン市国の十代の少女を探す過程で、バチカンの施設の地下から数千本の人骨が発見された」
というもので、このタイトルだけでは、何がなんだかよくわからないと思いますので、この報道をご紹介する前に、 2週間ほど前に世界中で報道されたニュースから抜粋させていただこうと思います。
その時は、日本語でもなされていまして、以下は AFP の報道です。

王女の墓掘り起こすも空っぽ…36年前のバチカン少女失踪、謎深まる

AFP 2019/07/12
バチカン市国で36年前に失踪した当時15歳のイタリア人少女の遺体が埋まっているとの匿名の通報を受け、同国の捜査当局は11日、墓2か所を掘り起こしたが、墓の中が空だったことが判明し、謎が深まっている。
1983年、バチカンの警察官の娘だったエマヌエラ・オルランディさんは、学校で音楽の授業に出席したのを最後に姿を消した。以来、エマヌエラさんを連れ去った人物や遺体の所在などについてさまざまな臆測が飛び交ってきた。
エマヌエラさんの遺体が埋まっていると通報があったのは、サンピエトロ大聖堂に近く、通常ドイツ系のカトリック教徒が埋葬されるテウトニコ墓地。
この墓地に1836年と1840年に埋葬された2人の王女の墓に埋まっているとの情報だった。しかし、墓の中にはエマヌエラさんの遺体はおろか、王女2人の遺骨もなかった。
エマヌエラさんの兄ピエトロさんは、妹がまだ生きていて、いつか会えるという希望を捨てていない。ピエトロさんは「まさか墓が空だとは、予想もしなかった」「エマヌエラを見つけるまで捜し続け、真実を突き止めることが私の義務だ」と述べた。
ここまでです。
これは報道の一部の抜粋ですので、全文は、上のリンクからお読み下さればと思います。
読まれてもおわかりになると思いますけれど、もうこの出来事そのものが謎だらけで、それは「墓を掘ったら、あるべき王女の遺体さえなかった」ということもそうかもしれないですが、そもそも、
「なぜ 36年前の少女の失踪事象を今になって捜索しているのか」
とか、
「普通はそんな古い出来事の関係で、警察当局がバチカンに立ち入り捜査するだろうか」
とか、いろいろととあります。
少女の遺体の捜索が今回おこなわれた理由は、匿名の情報提供者から、「 2人の王女が埋葬されている墓に埋まっている」という情報提供があったからだということですけれど、やはり「なぜ今?」という部分はあります。
匿名の情報提供で警察当局が動いたということは、報道されていない部分に、「王女の遺体を掘って構わない」という部分があったからだと思いますけれど、結局これは、36年前に起きたことの結果が今、情報提供されているということではなく、これは、
「最近起きたこと、あるいは(何者かが)最近起こしたことを警察に告知している」
ものなのだろうなと考える次第です。
それが何かのメッセージ的な意味を含むものなのかどうかはわからないですけれど、今回ご紹介する「後日談」は、さらに謎が増してきています。
何しろ、捜索の中で、「身元不明の多数の人骨」が見つかったわけですから。
この、バチカンで何千本もの人骨が発見された報道に関しては、アメリカのニューヨークタイムズやワシントンポストなどの大手メディアも含めて、一斉に報じられていまして、少なくとも、西欧の人々には興味のある話題のようです。
しかし、今回は、そういう第三者的な報道ではなく、むしろ身内の報道メディアといえるカトリック系の報道者「カトリック・ニュース・エージェンシー」の報道をご紹介しようと思います。
この事象から「異常性を消したい」というような努力が見える報道となっていて、興味深いです。

Thousands of bones discovered in search for long-missing Vatican teen
CNA 2019/07/22

長年行方不明となっているバチカン市国の十代の少女を探す過程で発見された何千本もの人骨

1983年から行方不明となっている 15歳のイタリア人少女のエマヌエラ・オルランディ (Emanuela Orlandi)さんの遺体の捜索の中で、バチカン市国の警察当局は、7月20日、「何千もの」人間の骨を発見したことを発表した。
それらの夥しい人の骨は、それまで知られていなかった納骨場所から発見された。
これらの骨が、どのような由来でここにきたのか、あるいは、年齢が何歳くらいの遺体の骨なのかなどは不明で、また、骨の中に、行方不明のエマヌエラ・オルランディのものが含まれているかどうかもわからない。
この問題は、サンピエトロ大聖堂近くに、エマヌエラさんの遺体が埋まっているという匿名の通報をバチカン市国の警察当局が受けたことから始まる。
捜索を受けて、バチカン警察当局は、7月11日、サンピエトロ大聖堂近くに位置し、一般的に、ドイツ系のカトリック教徒たちが埋葬されるテウトニコ墓地を捜索した。
その通報では、1836年と 1840年に埋葬された 2人の王女の墓に埋まっているという情報が伝えられ、警察は、ふたりの女王の墓を掘り起こした。
ところが、行方不明のエマヌエラさんの遺体がなかっただけではなく、埋葬されているはずの 2人の王女の遺骨もなく、墓には一切の遺骨がなかったという、当局が予測していなかった結果となり、事態は謎に包まれた。

しかし、その後、バチカン当局者は、 1960年代と1970年代にパチカンの建物の修復作業が行われていたことに気づいた。そして、その際に、納骨の場所が移動されたのではないかと考え、捜索したところ、隣接するチュートン大学( Teutonic College )の地下から 2つの納骨堂が発見された。

納骨堂には、多数の骨が入っていた。
納骨堂は、遺体が分解した後に、残った骨を墓地から移動して保管するために使用されるものだ。これは、地下の埋葬スペースが限られている地域では一般的に行われることだ。
この納骨堂の開封の際には、行方不明となっているエマヌエラさんの家族と、そして、弁護士と法医学専門家が出席した。
エマヌエラさんの遺骨も、発見されたこの納骨堂の中にある可能性がある。
エマヌエラさんの兄であるピエトロさんは、この発見について、「多数の多様な骨が見つかった」と表現し、それぞれの遺骨を調査して年代を特定する必用があると述べている。
法医学の専門家ジョルジオ・ピエトロ (Giorgio Portera)氏は、発見された骨の総数が「数十人の遺体の存在」を示唆していると推定した。
「長い骨、そして小骨があり、その多くは断片化されています」とピエトロ氏は述べている。
それらは分類されておらず、「納骨堂の空洞の中に積み上げられている」として、さまざまな骨が混ざっていると説明した。
大人の体には 206個の骨がある。つまり、ほんの数人の部分的な遺骨でも 1,000個を超える骨になることがあり得るので、遺体は数十人分ではなく、数人分である可能性もあるかもしれない。
バチカンのスポークスマンであるアレッサンドロ・ギソッティ (Alessandro Gisotti)氏によると、来週中に、これらの骨の「詳細な形態素の解析」が行われる予定だという。
行方不明となっているエマヌエラ・オルランディさんは 1983年6月22日にローマ中心部で音楽のレッスンを受けた後の帰宅中に姿を消し、それ以来、未確認の目撃情報はあるが、公式には1度も目撃されていない。
失踪の前に、エマヌエラさんは姉妹に電話をかけている。電話で、エマヌエラさんは、BMW に乗った男性から、化粧品を売る仕事をしないかと声をかけられたと言っていた。しかし、この男性が誰かはわかっていない。
エマヌエラさんの父親はバチカンで働いていた。そして、エマヌエラさんと、その一家はバチカン市国の市民だった。
バチカン当局は、ローマ法王庁がエマヌエラさんの失踪に何らかの関わりを持っているということを否定している。しかし、世間では、エマヌエラさんの失踪以来、バチカンとこの失踪が関係するかのような陰謀論が出回り続けている。
エマヌエラさんが失踪した 2週間後、時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、恒例の「日曜正午のアンジェラスの祈り」で、エマヌエラさんの失踪について言及した。
そして、彼女の失踪と関係している人がいるなら、名乗り出てほしいと述べた。

この直後に、エマヌエラさんの家族は、トルコの民族主義者グループと関わりがあると主張する人々から電話を受け始めた。彼らは、メフメト・アリ・アジャ (トルコ出身の元テロリストで、ヨハネ・パウロ2世をバチカンのサン・ピエトロ広場で銃撃した)の釈放のための交渉のために、エマヌエラさんを誘拐したと主張していた。

アジャは、1981年にヨハネパウロ2世をサン・ピエトロ広場で暗殺しようとした人物として知られるが、イタリアのテレビとのインタビューで「エマヌエラさんは、ヨーロッパにある修道院で元気に暮らしている」と述べている。
アジャは、2006年にも、同様のことに言及しているが、しかし、彼女が修道院に暮らしているというこの情報は確認されていない。

 
ここまでです。
要するに、このカトリック系のニュースサイトでは、
「 1960年代からのバチカンの修復などの際に、お墓の遺体の骨だけが、納骨堂に移動されて、保管されていたのではないか」
ということを言っています。

ちなみに、翻訳では「納骨堂」という言葉にしたのですが、使われている ossuary という単語は、一般的には「骨壺」というようにも訳すことができるようです。けれど、骨壺というと、小さなものをイメージしますが、この報道に出てくるものは、かなり大きなもののようですので、納骨堂としました。

それはともかく、先ほどの報道では、
納骨堂は、遺体が分解した後に、残った骨を墓地から移動して保管するために使用されるものだ。これは、地下の埋葬スペースが限られている地域では一般的だ。
とあり、遺体の骨だけを移動して保管することはよくあると書かれています。
しかし、それはそれとして、報道では、多数の人々の骨が、「納骨堂の空洞の中に積み上げられている」とあるわけで、この表現からは、複数人の骨が無造作に放置されているということになりそうです。
そこで、やはり思うのは、
「骨だけ移動するのはいいとして、みんなの骨を混ぜてグチャグチャにして保管する?」
とか、
「まして、王女だった人の遺体の骨を他の人たちと一緒にまぜこぜに?」
とか思いますし。
そして、多数の人たちの遺体や遺骨を無造作に空間に放置しておくというのは、一般的には「もはや、埋葬ともいえない」ものだと思われ、つまり、これらの遺骨は葬送の意図ではないものである可能性も高そうです。
結局、ここで発見された数千の遺骨は、二人の王女とも関係ないもので、行方不明の少女とも関係ないものである可能性のほうが高そうです。
ちなみに、ここ数年のバチカンのニュースというと、性的虐待のものばかりですけれど、過去何百年、あるいは千数百年という時間の中で、バチカン内部でどのようなことが行われてきた歴史があるのかは誰にもよくわからないわけで、もちろん、それを推測する気もないです。
しかし、私を含めて、キリスト教徒でもない人たちが、なぜ、このような
「バチカンの衰退」
というものに興味を持つのかというと、キリスト教というものは、ニューエイジ的に言うところの「みずがめ座の時代」の前の時代である「うお座の時代の象徴」そのものだからです。
みずがめ座の時代という概念を最初に言葉にしたのは、心理学者のカール・ユングですが、そのことについては関係のない話ですので、ご興味のある方は以下の記事などをご参照いただければ幸いです。
このみずがめ座の時代というものに入る前の今の時代を含む約 2000年間くらいが、「うお座の時代」といわれるもので、それは、キリスト教に象徴される時代だという主張があるのです。
なお、うお座は、「キリスト教の時代の象徴」ではあっても、「イエス・キリストの時代の象徴」ではありません
このことに気づいたのは最近ですが、基本的に、
「バチカンを総本山とするキリスト教とイエス・キリストには関係がない」
と私は思っています。
ここから言えば、うお座の時代というのは、「バチカンの時代の象徴」とも言えます。
ということは、
「バチカンの衰退や崩壊は、次の時代への入口を示す」
という考え方もないではないのかもしれないということになるかもしれないと私は考えています。
くどいようですが、これはイエス・キリストに対してのことではないです。
むしろ、
「バチカンが消えれば、イエス・キリストの純粋な教えがさらに世界に拡大する」
と思うほうが、最近の個人的な考え方では、しっくりときます。
そのような意味で、バチカンの推移には興味があるという感じでしょうか。
 
ところで、最近たまにご紹介するアメリカの未来予測プロジェクトであるウェブボットの 2009年前後の予測には、バチカンのことがよく出ていました。
その中には、「エイリアンの奴隷」というようなな途方もないところまで話が進むものもありますが、その中に
> 裸同然の状態になるまで秘密が暴露され
という文言があるものをご紹介させていただいて、今回は締めたいと思います。

2009年12月6日発行のウェブボットより

・暴動と飢餓が進行し、これを背景にしてバチカンが攻撃され略奪されるとのデータが強い。
・これの発生の予兆となる 2つの事件が起こる。一つは、法王庁内部に悪意をもった計画を実行しているシオニストの存在が暴かれることであり、そして次は、前世紀(20世紀)の終わりに法王庁内部で起こった悪魔教信者のクーデターという 2つの事件である。
・これら 2つの事件によって、ローマ法王は文字どおり裸同然の状態になるまで秘密が暴露され、実は法王がエイリアンに仕え人間の奴隷化を促進していたことが暴かれる。
ここまでです。
法王がエイリアンに仕えているかどうかはわからないですが、「何かに仕えている気配はある」ことに関しては、以下の記事でふれたことがあります。
バチカンの謎と真実の歴史は、今後、さらに曝露されていく可能性があると私は思っています。


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「フランスの叫び」が示すヨーロッパの環境的崩壊が示すものは「食糧流通サイクルの時限爆弾」か「2019年 地獄の夏」か

投稿日: 2019年6月29日

叫ぶ顔のイメージとなった2019年6月20日のフランス全土の気温分布図


Ruben H




 
現在、ヨーロッパが歴史上最も気温の高い熱波に見舞われていますが、その中でも、フランスとスペインの気温は際立っていまして、昨日今日あたりは、フランスでは 45℃を超える地域が出てきているということになっています。
そんな中、この熱波が訪れる少し前に、フランスの気象予報士の方が SNS に投稿した「まるでフランスが叫んでいるような」冒頭の画像が今になって話題となっています。
これは気温分布を示しているものですが、その範囲は以下のようになります。


Google Map

 
そのフランスですが、昨日 6月28日、南部のカルパントラという場所において、フランスの過去すべての観測史上で最高気温記録となる「 45.9 ℃」に達したことが報じられています。
6月28日のフランスの報道より


thelocal.fr

こういう 45℃とかの気温となりますと、ヨーロッパにおいては、「まるで冗談のような気温」といえるのですけれど、しかし、今後まださらに気温は上がっていくとみられているのです。
下は、6月28日のヨーロッパ各地の気温です。今後、ドイツやポーランドでも 40℃に達する可能性があるとされています。
6月28日のヨーロッパ各地の気温


thesun.co.uk

どうしてこんなことになっちゃったのか、ということについては、どの報道も比較的曖昧なのですけれど、サハラ砂漠のほうからの熱波が流れ込んでいるということのようです。
しかし、仮にサハラ砂漠など、アフリカ北部からものすごい熱波がやって来ているとしても、「アフリカ北部に熱波がある」のは普通のことですし、気流の流れの方向を考えれば、それがヨーロッパ方向に流れて、多少の猛暑をもたらすことは、よくあることではないかと思うのです。
しかし、フランスが 45℃などという気温になったことは過去にないわけで、どうしてなのかな・・・と考えていて、ふと思い出したのが、以下の 2017年の記事でご紹介した「ジェット気流の異常」のことでした。
タイトルにもありますが、ヨーロッパ上空のジェット気流の速度が、大変な速度になっていたという報道をご紹介したものでした。
現在、地球の上空の大きな大気の流れそのものが、以前とは大きく変わってきているようで、「大気の状態が壊れている」とも言えるようなことになっているのです。
もしかすると、この熱波も、こういう「気流の変化と崩壊」も多少は関係しているのかもしれません。
なお、今のヨーロッパでは熱波が話題となっていますが、世界全体としては「寒波」の地域のほうが相変わらず多く、アメリカのシカゴなどでは、6月の今も最高気温が 15℃程度という、とても寒い夏となっていることが報じられています。
また、南米やオーストラリアは、各地で記録的な寒波となっていまして、暑いにしても寒いにしても、どこの地域も「通常とは違う」ことになっています。
それでも、このヨーロッパの熱波の異常性は、特筆されるものとはいえます。
やはり 40℃以上の最高記音が各地で観測されているスペインでは、南西部カタルーニャのタラゴナという場所で、壊滅的な山林火災が発生していて、通常の消火活動だけでは収集がつかなくなっていまして、空軍による「水爆弾」が投入されています。
6月28日 スペイン・タラゴナで水爆弾で消火を行う戦闘機


Meteo-Pyrenees

これについては、

40℃超の熱波の中のスペイン・カタルーニャで「コントロール不能」の歴史上最も激しい山火事が拡大中。気温は今後「45℃」の領域へと
 地球の記録 2019年6月29日

という記事で取りあげています。
それにしても・・・。
最近、「とんでもない食糧危機が近づいているのではないのか」というようなことについてふれることがあります。以下の記事あたりからのことでしょうか。
 
上の記事の時点でも、フランス、オーストラリア、イタリア、アメリカ、アルゼンチンなどでは、かなり壊滅的な農作物被害となっていたのですけれど、上の記事から、おおむね1ヵ月ほど経った今振り返りますと、「その間に起きた異常気象」ときましたら、それはかなりのものでした。
ヨーロッパにおいては、そこにとどめを刺すような今回の熱波です。
たとえば、ヨーロッパは各地で、ブドウ畑やオリーブ畑、トウモロコシ畑などが、この春には寒波、その次には「雹(ひょう)」などで大きな被害を受けましたが、そのような状態のところに、「その土地で1度も経験したこともないような熱波」が来たということになり、相当厳しいことになるのはないでしょうか。
そもそも、上に挙げました国々は、フランス(熱波)、オーストラリア(寒波と干ばつ)、イタリア(熱波)、アメリカ(寒波と洪水)、アルゼンチン(寒波)というように、それ以来現在まで、どこも異常気象の渦中のままです。
なお、実際には、「昨年の時点でヨーロッパの多くの土地はかなりダメージを受けていた」可能性もあります。
ヨーロッパは昨年の夏も厳しい暑さが続き、また山火事も非常に多かったのです。
それは以下の記事に書かせていただいています。
上の記事にも、
> 世界的な食糧危機サイクルの到来を示唆する?
というように書いていますが、昨年は、そのような食糧危機は起きませんでした。
しかし、仮に、今年もまだ起きないとしても、
「そのようなサイクルの時期がどんどん近づいている」
ことは確かだと思います。
昨年の夏でも、ヨーロッパ各地で以下のような「山火事発生のリスク」が示されていました。濃い茶色になるほどリスクが高いことを示します。


ECMWF/FWI

スペイン、ポルトガル、フランス、ドイツ、オランダなどの中央ヨーロッパはほぼ全域が極端な山火事リスクがあると分類されていたことがわかります。
上の図は昨年 8月のものですが、今はまだ 6月でこれまでないような厳しい熱波に襲われているということは、上の図に示されている山火事リスクが、今現在ですでに同じような状態となっている可能性があると思われます。
もし、この異様な熱波の期間が長くなれば、ヨーロッパで多くの山火事がさらに発生することは避けられないと思われます。
そして、上の記事でもふれましたけれど、実はヨーロッパの「農作危機」は、もうずっと続いているのです。
以下は、2018年7月のヨーロッパの干ばつによるリスク状況を示したものです。黄色と赤色の部分が干ばつを起こした場所で、赤くなるほどリスクが高いことを示します。
2018年7月のヨーロッパの農業リスクのレベル


European vegetable sector in most serious crisis since 1978

昨年の夏の時点では、フランスとスペインには、干ばつによる農業リスクはありませんでした。しかし、今回の熱波で最も大きな被害を受けそうなのが、そのフランスとスペインということになり、昨年と今年で「ヨーロッパは全滅」という形になっています。
そして、ヨーロッパだけではなく、今年は、異常気象が多くの農業大国に及んでいまして、今後いろいろと厳しい局面も考えられるかもしれません。
今の主要国なら、一時的な流通の問題ならカバーできるでしょうけれど、「根本的な食糧供給不足」というような事態が世界に蔓延し始めたとすれば、いつかはこの近代的な流通システムも機能しなくなる時もないではないかもしれません。
まだ夏を前にしてこれですから、今後、世界的にどうなるのかはよくわからないですけれど、夏が終わるまでにはいろいろと明白になってきそうです。
なお、ヨーロッパの今の熱波がどのくらい続くかということについては、
「いつ終わるかはわからない」
というのが公式の見解です。
もしかすると、ここ数年、何度か出ていたフレーズ「地獄の夏」というようなイメージを伴う夏になる可能性もあるのかもしれません。


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突然としてマグニチュード6級の大地震が連続するようになった2019年6月14日に起きていた惑星の整列…。山形沖地震の発生時にも起きていた惑星の整列…。そして今日も起きている惑星の整列…

投稿日: 2019年6月19日

珍しい惑星整列を伝える2019年6月14日のビジネス・インサイダーより


Business Insider




 

6月14日から続いている事象

今回取り上げることは、ややこしい話にしたくないですので、短く書かせていただこうと思います。
ただ、最初に書いておきますと、私は先日の以下の記事を自分で書くまでは、正直、「惑星配列が地球の地震に影響を与えている」というような話は、単なるオカルトだと確信していました
しかし、私は、もともと物理などの知識が乏しいために、
「物理的な現象は、必ずしも大きな物体からの影響のほうが大きいわけではない」
ということを知らなかったのですね。

物理の世界は「大きなものが勝つ」世界ではないようなのです。
たとえば、「レイリー・テイラー不安定性」というような物理現象を例にとれば、

「月のような小さな天体が、地球や、あるいは太陽に大きな影響を与えることも可能だ」
ということを初めて知ったわけです。
少なくとも太陽系の配列の中では、他の天体への影響力の大小は「質量の大小とは比例しない」ことを知り、そして、初めて、
「宇宙の惑星配列が、地球で起きる地震と気象に影響している」
ことが、科学的に解明されつつあることを知ったのでした。
そのような記事を書いた後、6月18日には、山形沖を震源とするマグニチュード 6.8 の大地震が発生し、その前日には、中国四川省で、死者 20名という惨事となった大地震が起きました。四川省の現地の状況などは以下の記事で取りあげています。
実は、この 6月に入って以来、世界各地でとても地震が多くなっていまして、それは、6月の初めの頃、以下の記事を書かせていただいた頃から気にはなっていました。
上の記事を書いた時には、「惑星配列と地震の関係」というような概念は、考えたこともなかったですが、しかし、この記事以来、世界の地震をわりと注意深く見ていました。
まず、今月に入って、世界各地で顕著だったのは「群発地震」でした。
いろいろなところで、ごく小さな規模の群発地震が発生しまくっているのです。世界各地で、です
ただ、この群発地震の話は、丁寧に説明し始めますと、地震とあまり関係のない話となっていくかもしれないですので、別の機会に譲りたいと思います。
今回は、もう少し「大きな地震」について、つまり、マグニチュード 5以上の地震についてを取り上げます。
そのような地震が、
「 6月のある日から突然増えた」
のでした。
それは「 6月14日」からでした。
たとえば、ボルケーノ・ディスカバリーのリアルタイム地震データから、6月11日くらいからの推移を書きますと、以下のようになります。
先に書いておきますと、世界で起きる地震のうち、マグニチュード 5以上というのは、1日で多く起きても数回で、まったく起きない日も多くあります。マグニチュード 5以上が、1日に 10回以上起きるというのは、あまりあることではありません。

2019年6月11日-18日までの世界のM5以上の地震の推移

Earthquake reports and news より。顕著な部分は赤い字にしています。
6月11日

マグニチュード5以上 2回
マグニチュード6以上 0
マグニチュード7以上 0

6月12日

マグニチュード5以上 2回
マグニチュード6以上 0
マグニチュード7以上 0

6月13日

マグニチュード5以上 5回
マグニチュード6以上 0
マグニチュード7以上 0

6月14日

マグニチュード5以上 12回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月15日

マグニチュード5以上 1回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 1回 (ニュージーランド近海M7.4の地震)

6月16日

マグニチュード5以上 9回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月17日

マグニチュード5以上 16回 (中国四川省M5.8の地震を含む)
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月18日

マグニチュード5以上 15回
マグニチュード6以上 1回 (日本・山形沖M6.8の地震)
マグニチュード7以上 0

6月11日以前も基本的には、マグニチュード 5以上の地震というのは、1日に1回とか 2回とか、あるいは 0回とか、そういう状態が続いていたのですが、
「 6月14日に突然マグニチュード 5以上の地震が 12回発生して以来、大きな地震が連日とても多い」
のです。
以前の私だったら、そのようなことに関しての理由はお手上げでしたが、「惑星配列と地震」のことが頭によぎり、「天文関係のニュースでも探してみようか」と、報道を見ていましたら、冒頭のものがあったのです。
すなわち、
「 2019年6月14日から 19日まで、木星と土星と月が、地球に対して一列に並ぶという珍しい惑星配置が起きる」
ということが報じられていたのでした。
 
そして、昨日の以下の In Deep 記事「ネイチャーに掲載された論文で「月が縮んでいる」ことが判明…」の後半でも少しふれましたが、中国四川省で大地震が発生したときには、
「 6月17-18日には、火星と水星が地球に対して整列した」
ということが起きていたのでした。
 
今なお、木星と月の整列は続いていまして、日本時間の 6月19日の午前頃には、地球からの光景は以下のような感じとなっているようです。
2019年6月19日の月と木星の位置


astrobob.areavoices.com

また、あまり関係のないことでしょうけれど、6月19日の、「土星と、土星の衛星たちの位置関係」は以下のようになっているようです。
2019年6月19日の土星とその衛星たちの配置


astrobob.areavoices.com

 
土星の衛星の配置はともかく、先ほどの 6月14日から今日までの地震の表に、地球との惑星整列を加えますと、以下のようになります。
6月14日

木星と土星と月が地球に対して整列
マグニチュード5以上 12回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月15日

木星と土星と月が地球に対して整列
マグニチュード5以上 1回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 1回 (ニュージーランド近海M7.4の地震)

6月16日

木星と土星と月が地球に対して整列
マグニチュード5以上 9回
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月17日

木星と土星と月が地球に対して整列。加えて、火星と水星が地球に対して整列
マグニチュード5以上 16回 (中国四川省M5.8の地震を含む)
マグニチュード6以上 1回
マグニチュード7以上 0

6月18日

木星と土星と月が地球に対して整列。加えて、火星と水星が地球に対して整列
マグニチュード5以上 15回
マグニチュード6以上 1回 (日本・山形沖M6.8の地震)
マグニチュード7以上 0

 
この期間は、わりと珍しい惑星の整列が相次いでいた期間ではあったということのようです。
もちろん、だからどうだというようなことではないですし、これが地震の予測に役立つともあまり思えません(どこで地震が起きるか正確にはわからないはずですので)。
しかし、「地震の発生」という現象について、「惑星配列と地震という観点」から初めて見てみると、こういうこともあるのだなあと。
そのようなことをお伝えしたいと思った次第です。
なお、この 6月の世界での地震の「発生場所」には、やや異常な面がありまして、ご紹介したいと思っていますが、長いものとなりそうですので、別の機会に改めて取り上げてみたいと思っています。

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地球の植物は、予測されていたより「500倍の速度で絶滅し続けて」いる。そのような大量絶滅局面の中で「人間の最大の共生者としての植物」を振り返る

投稿日: 2019年6月15日

2019年6月11日の科学メディア「ライブサイエンス」より


livescience.com




 

人類の最大の共生者である植物は今

今はいろいろな生物が絶滅していっていまして、昆虫も両生類も哺乳類も鳥類も魚類も何もかもが、かつてない速度で絶滅しています。
山も海もどちらも、大変な速度で環境が変化していっており、多くの生物種にとって、今の地球の多くの場所は、「生きる極限の環境を越えてきている」ことを示しているのかもしれないです。
しかし、今年 2月に、以下の記事を書かせていただきました。「過去の大量絶滅は、まず植物から先んじていた」ことがアメリカの研究で判明したというもので、つまり「植物が絶滅の徴候を見せていない限りは大丈夫」だと思っていました。
ところが、実は、
「植物が最も早いペースで地球から消えていっていた」
のでした。
絶滅率の、他の生物種との正確な比較は難しいにしても、このことを取り上げていた英国テレグラフは、以下のように「植物は、動物や両生類などの2倍の速さで絶滅している」と記していましたので、他の動物と同様、あるいは、さらに早いペースで植物は絶滅していっている可能性が高いようです。
英国テレグラフの報道より


Plants driven to extinction at twice rate of mammals, birds and amphibians

こうなってきますと、「現在の地球が、六回目の大量絶滅の渦中にある」という説が、信頼性のある話ともなってくるわけでもあります。今回の植物の絶滅に関しての研究は、かなり細かくなされたもので、数値としては、ある程度の信頼を置けるものだと思いますが、ただ、ご紹介するライブサイエンスの記事にもありますが、この数も「過小評価されている」可能性が高いです。
おそらくは、もう少し高い率で、植物は消えていっているように思われます。
いずれにしましても、いよいよ本格的に、地球は「新しい段階に移行するため」の最終局面にさしかかっているのかもしれません。
まずは、冒頭のライブサイエンスの記事をご紹介します。その後は、植物に関して、ちょっと科学とは方向性の違うことを付け加えさせていただこうと思います。

The World's Plants Are Going Extinct About 500 Times Faster Than They Should, Study Finds
Livescience 2019/06/11

世界の植物は予想より約500倍早く絶滅している

6月10日に科学誌「ネイチャー エコロジー&エボリューション (Nature Ecology&Evolution)」に発表された新しい研究によれば、今、地球は「植物を生かせておくことができない病」に苦しんでいる。
世界中の 33万種を超える種子を持つ植物の個体数を分析した後、研究者たちは、西暦 1900年以来、地球上で、毎年約 3種類の植物が絶滅し続けていることを発見した。
この絶滅の率は、自然に植物が絶滅するとされる率より 500倍高い。ここには、ほとんどの木や花、そして果実をつける植物が含まれている。
当然のことながら、この非常に高い絶滅率には、人間活動が大きく関与している。
研究者は以下のように言う。
「この現代の植物の絶滅の地理的パターンは、動物の絶滅の地理的バターンと驚くほど類似しているのです」
研究チームは、報告されたすべての植物の絶滅の約半数は、人間の活動によって引き起こされた環境の変化に対して植物種がより脆弱な、孤立した島々で起こったことを見出した。
たとえば、ハワイ島では、1900年以来 79種の絶滅が報告されており、ハワイ島は、植物種にとって最も危険な場所であることが証明された。
他に植物の絶滅率が高いのは、南アフリカのケープ州、モーリシャスの島々、オーストラリア、ブラジル、インドなどだった。

これらの結論に達するために、研究者たちはあらゆる科学誌と植物のデータベースを徹底的に調べた。それは、先駆的な植物学者であるカール・リンネによる 1753年の植物概論『植物の種』から始まり、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種を定期的に更新するレッドリストにまで至る。レッドリストは、世界中の絶滅の危機に瀕している動植物の包括的なリストを示すものだ。

さまざまな絶滅報告を組み合わせてクロスチェックした後、研究チームは、その結果を植物の自然な状態での絶滅率と比較した。
2014年の調査では、植物の自然の状態での絶滅率は、1年間で 100万種あたり 0.05から0.35になることが計算された。
1753年以来およそ 1,300の種子植物が絶滅の危機にあると宣言されていたが、それらの主張の約半分が最終的には誤りであることが証明されたことも研究者たちは見出した。
その時代からの過去 250年間に、絶滅したと考えられていた 400種以上の植物が再度発見されており、他の 200種が他の生物種として再分類されている。
これにより、過去 250年間で約 571種の絶滅が確認され、年間 100万種あたり約 18〜26種の絶滅が起きていると計算された。
そして、この研究が示す、もっと厄介なことは、研究者たちが見出したこの高い植物の絶滅率は、すでに絶滅したか、または絶滅の危機に瀕している植物種の実際の数として過小評価である可能性が非常に高いことだ。

 
ここまでです。
今回の話は純粋に科学の話ですが、植物に関しての、ちょっと「逸脱した話」を書き添えておきたいと思います。
昨日、発行させていただいた「太陽は本当に存在しているのか」というタイトルのメルマガでは、太陽の科学的考察と共に、「太陽と人間の関係」について、まあ、オカルトといえばオカルトの観点から書かせていただいたりしたのですけれど、その地上にあるものではない太陽に対して、
「植物は地球上にある」
という中で、私には「植物は地上の太陽」的な考えがあります。
そして、私にとっての、植物と人間の関係というのは、「表裏一体」だとも考えています。
もうずいぶんと以前の記事となりますが、以下の記事で私は、
植物が緑色である理由は、「植物は人間と共生するために存在しているから」
というようなことを書かせていただきました。

植物が「緑色」であり続ける理由がわかった! そして人間の生活システムの完成は「植物との完全な共生」にあるのかもしれないことも
 In Deep 2015年07月06日

なぜそういう理屈になるのかという部分に関しては、要約さえできないほど長いものですので、ご興味のある方は、上の記事をお読みいただければ幸いです。
 

そして、この記事を書きましたずっと以前に、私にこのような考えをもたらしてくれたであろう(最初で最後の)唯一のキッカケは、今から 10年ほど前に、ある方が、私のブログのコメント欄に書いて下さったコメントだったのです( 2009年頃までは、ブログにコメント欄がありました)。

その方は、薔薇十字とシュタイナーの研究者の方ですが、「植物とは何か」ということを、神秘学的な観点から書いて下さっていたのですね。
それを読んだ時の当時の私は、実は「シュタイナーという人さえ知らない」というムチムチの無知でしたが、それでも、そこに書かれてある言葉が、とてもすんなりのお腹の中に収まっていく感じでした。
その後の私は、漠然とですが、
「人間 - 宇宙 - 言葉 - 植物 - 秩序」といったようなものが、地上において、植物と人間が両方の極点にある形で進行している
というような錯覚を持つようになりました。
とにかく、「植物が健全でない地球は、何もかも健全ではない」と。
今、その「植物が健全ではない状態」が地球に出現しつつあることを、私たちは、あまり感情をたてずに冷静に受け止めるべきだとは思います。
何しろ「打つ手はない」ですから。
悪化し過ぎています。
これまでも何度か記事にしてきましたような、特に薬や化学薬品や除菌殺菌製品のたぐいの地球規模の蔓延が、微生物と共生してもいる植物たちに良い環境のわけがなく、また、それらの物質を地球から除去する方法も簡単ではない上に、そもそも、そういうものを減らしていく方向もまったくありません。
今の植物と昆虫の絶滅のペースの速さを見ていますと、このペースでさまざまに絶滅が続いていけば、過去のどの大量絶滅よりも、ずっと早いペースで地球の多くの生命は大量絶滅に向かうと思われます。
ただし、それを悲劇だと考えるかどうかは何ともいえません。
どういうことかといいますと、過去の地球で5回の大量絶滅があったのは事実だとしても、「しかし今、私たち人類はこのように地球に存在している」からです。
むしろ、5回の大量絶滅がなければ、現世人類は登場できなかったかもしれないです。
地球では、大量絶滅が起きるたびに、次に登場する生命たちは大なり小なり進化して登場してきました(系譜は、それらの生命は、ダーウィン的な進化をしたのではなく、「すで進化して登場」していることを示しています)。
そして、地球には、歴史の中で、そういう段階が節目節目で訪れると。
すべてが刷新される時が近づいているのかもしれません。
というわけで、先ほど書きました、たった1度だけのコメントで、私の植物観念が大きく変わったそのコメントを全文掲載させていただき、今回の記事を締めさせていただきます。
この文章は、現代の観念から言えば、合理的なものでも科学的なものでもありません。
ここからです。

2010年5月のブログ記事へのコメントより

シュタイナーが言う体内における光合成の件、これは明らかにオカルトに聞こえますが、薔薇十字の伝統に生きる者は本気でこれを実践します。
狂気の沙汰と言われようと、呼吸による身体内の炭素の把握は最重要の関心事です。これは呼吸の行とよばれます。

薔薇十字の徒は人間の本来のバランスを取り戻そうとします。
呼吸の行というのは人間である自分と植物との共生の問題です。

人間は生きているだけで大気中に二酸化炭素をばら撒きます。そして「どれだけ二酸化炭素を排出しないか」という冗談みたいなことが、薔薇十字の修行者にとっては真面目な課題です。
古神道の大国隆正という人の『本学挙要』という本の中に人と稲が逆さに並べて描かれている図があります。これはフトマニの区象といって、人間は逆さまになった植物であり、互いに共生しているという旨を説明するものです。
西洋でも東洋でも霊学ではこれは一般的な認識です。
薔薇十字でもおなじです。
植物というのは、体内に緑色の血が流れ、太陽に向かって真っすぐに成長する地上の存在としてはピュアなあり方のお手本みたいなものです。
ゲーテには「原植物」という理想的な植物の概念があります。つまりあれが人間として目指すべき理想であり、最高の元型です。
鉱物の中にも例えば水晶のように炭素が純化された存在として理想的な存在たちがいます。植物や鉱物というのは本来の意味において頭上の天体運動の鏡像みたいなものです。
薔薇十字の理想は、赤い血の情熱を保ちつつ植物のように上へと向かうことです。そして太陽に向かうことです。これが重要な点です。
天体のなかで西洋神秘学でロゴス(言語)と呼ばれるものの象徴が「太陽」です。
でも現在の宇宙で頭上に輝く太陽が人間にとっての「言語」の象徴に過ぎないとすれば、物理的に把握されるただの象徴である太陽より、植物のほうが先に創造されるというのは自然ですよね?
その前に「言語」は既に存在している、というより、むしろこの宇宙の原初には「言語」が先にあったのですから。
それ自体は植物の誕生よりずっと昔だというわけです。「言語」という表現がいけませんね。ロゴスとは「秩序」のことです。
人間によって認識される物理的な宇宙が誕生したのは、つい最近のことです。
それを観察する科学が人間中心であるのは当然といえば、当然かも知れません。
ロジックによって把握する対象として宇宙が存在を開始したのは、ロジックを駆使するようになった人間の大脳の誕生と密接に関わりがあります。
人間はそれ以前に存在していた "見えない" ロジックの宇宙を "見える" ロジックとして観察することが出来るようになりました。
これは物理的な脳が誕生したおかげです。
人間のロジックは宇宙のそれの模倣に過ぎませんが、でもこの模倣を可能にする大脳という精密な器官を作り上げるために、宇宙はとてつもない長い時間と労力を費やして来ました。だからある意味、科学的な認識手法というのはこの宇宙の最大の成果であると言えます。
それ以前の宇宙は、光があっても太陽がないようなものでした。内的な光で認識されただけです。
しかし実際、太陽が出現し、またこれによって眼という器官が形成され、そして脳が作り出されました。人類がこの能力をどう利用したかは別として、人間における理知的な行為を可能にする完成された脳神経系は、どう見積もっても神の最高傑作であるに違いありません。
そして人間に与えられたこの認識力の限り、ロゴスの象徴である太陽のなかに根源的な神性を知ることこそ、霊的な伝統のいずれの系譜においても追求されてきた共通の課題でした。
気の遠くなるような昔から過去の賢人たちはそのために気の遠くなるような努力によってその道を準備して来ました。宗教とは、そのようなものの大成です。
太陽へと向かう植物のようにしかも自由への衝動を内に担いながら上へと成長しようとする、地上では類をみない神聖な存在として人間存在が語られ、そしてその正しい道が古今東西どの流派に限るとなく実践されて来ました、、、、、と、このようなことを信じる、信じないは別として、いずれにせよこれが宇宙と人間の歴史に対する薔薇十字の伝統の解釈です。

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